タイムベルトを巡るある男の話

文矢さん 作

 

 冒頭に代わる数行の会話.

「のび太君、『タイムベルト』を知らないかい?」
「『タイムベルト』? 知らないよ。最近使ってないじゃない。それよりもねえ、『コンピュータペンシル』を貸してよお」

「それはダメ!」

「なんで? 酷いよドラえもん、君はそういう奴だったのか! 薄情者!」
「うるさいなあ……それにしても、何処にいったんだろう……」


 1.

 桜が散ってやがる。ふと、空を見て思った。
 薄いピンクの花びらがはらはらと目の前を通り過ぎる。わずかな風に操られ、くるりくるりと宙を舞い、地面に消える。
幾枚もの花びらがそうやって落ちていく。そのうちの一枚がピタリと、靴に張り付いた。何処からか花見客の馬鹿笑いが聞こえる。

「花見、か……」
 俺はため息をつく。そんなもの、大人になってから一度だってしてやいない。

いや、学生の頃から、か? 疑問に思うが、はっきりとした答えは出やしない。もう一度、ため息をつく。


 ガキの頃は、良かったよなあ―― 小学生とか中学生の頃は、気楽だった。

大人になればなんだかんだでやっていけるものだと思っていたし、希望に溢れていた。

三十を過ぎれば既に結婚をしていて、子供もできて、四十を過ぎたら段々と大きくなる子供に一抹の寂しさを覚える。

そんなところまで想像できていた。しかし、今の俺に子供などいない。妻もいない。仕事もとっくのとうに失ってしまった。

気が付いたら路上生活者の仲間入りだ。四十歳にして。


 絶望、だ。世の中は絶望に溢れている。それに気付くのに、時間はいらなかった。才能がある奴は希望に溢れている。

 しかし、無い奴に溢れるのは絶望だ。明るい未来など、ありやしない。

気付くのが若者の頃だったら、その怒りを音楽にでもぶつけられただろう。

 しかし、それに気付いた時は既に俺はうちのめされていた。会社に。上司に。世の中に。
 舞い散る桜もうっとおしく感じた。花の咲いてない方向、咲いてない方向と、進んで行ったら住宅街に入る。
子供の笑い声が聞こえる。ため息をつく。良いよなあ、ガキは。

 靴の裏に張り付いた桜の花びらもグシャグシャとなってアスファルトを染める。
その打ちのめされた姿がまるで俺自身のように思えて目を背ける。

 そうだ。昔は俺だって、輝いていた。

 小学生の頃は皆のリーダーだった。裏山に皆で登って駆けまわった。秘密基地づくりは楽しかった。
蝉の声を聞きながら段ボールでせっせと作って……将来はヒーローになるものだと信じていた。
中学生になると少し現実志向にはなったけれども、それでも輝いていた。

あの時付き合っていたあの子は今どうしているのだろう? 淡いセピア色の景色がすぐに再現される。

しかし、散ってしまった。

キレイなピンク色の花びらだった俺は今ではグシャグシャに踏みつぶされて道路と同化している醜物に成り下がっていた。
 視界の左端に土管が見えた。ふと、そちらを見てみる。空き地、だ。広場とか公園みたいに設備は整っていない。空き地。
三つの土管が積み重なっていて、草むらが広がっている。空き地だ。今時、珍しい。

 ふらりと、中に入る。誰もいない空き地はやけに静かだが、何処となく懐かしい。

浮浪者が入ったりしたら子供達に迷惑だろうかともふと思うが、まあ良いだろう。別に遠慮なんてしたくもない。
 転がっている野球ボールが目に入った。やけに汚れている。誰かが忘れて行ったのか、捨てられたのか。手に取ると土埃がたった。
少し構えて投げてみる。ひょろひょろとした弾道で草むらに沈んでいった。情けない、と俺は苦笑する。

誰も見てやいないのに照れくさい。

 ボールを追うように草むらに入って行く。俺は今つかの間の子供気分を味わおうとしているのかもしれないが、気分はのっていない。

本当に、嫌になる。遊ぶことすらちゃんとできないなんて。

 草と草の間に妙なものが見えた。拾い上げる。

「ベルト、かな……?」
 俺は誰に言うでもなく呟いた。



 2.

 ベルトのサイズは良さそうだ。最初は俺の腹分の長さがあるか、と疑ったのだが巻いてみるとピッタリのサイズだ。

「それにしても……」
 俺は誰に言うでもなく呟く。

 それにしても、このベルトは何なのだろう? 妙におもちゃ臭いデザインをしている。
カラフルなボタンがついていて、モニターには時間が映っている。時計付きベルト、というやつだろうか?

 モニターの隣にあるダイヤルは何を意味しているのだろう。疑問はつきない。
自分がどうしてこれを巻いてみたのかもよく分からない。
 ダイヤルをいじってみると、時間が進んだ。二〇一〇年四月一四日一三時四七分が同じ日の一九時三六分になった。
こんな簡単に時間を動かせる時計なんてあっていいのか?

 俺は疑問に思いつつまたいじる。

このカラフルなボタンを押してみる。

 カチリと音がしたその瞬間であった。とんでもないことが起こった。
 俺は唖然とした。 辺りが暗くなったのだ!

  空で輝いていた太陽は金色の月に変わりに、憎たらしい程広がっていた青空が涼しげな黒に染まっている。
暖かな風は夜の冷たい風に変わってしばらく洗ってない俺の髪を揺らす。夜に……なった?

 愕然とした。

 

 夢ではないだろうか? ありえない。こんな事。頬をつねると頬に痛みが走る。夢ではない? じゃあ、何だというのだ!
 土管から下りる。空き地の前の道を車がライトを点けて通り過ぎた。エンジンの音が宙に溶ける。

 何処からかテレビの音が聞こえた。夜の歌謡ショー? 何処かで聞いたような歌が流れている。地面の土は冷たく湿っている。
 何もかも、今が夜だという事実を指していた。

 さっきまで、さっきまで確かに昼だったのに――

「ひ、ひえ……」

 おそるおそる俺は自分の腰を覗きこんだ。モニターの数字は緑色に光、二〇一〇年四月十四日一九時三十七分を示している。
震える指で俺はダイヤルを回し、時間を一三時四七分に合わせる。そして、ボタンを押す。

 昼に、戻った……
 月が太陽になり、黒い空は青く、風は暖かく。
 全身が震えていた。

「タイム、マシン……?」

 俺の声も震えていた――


 状況の裏説明となる数行の会話.

「ああ、ドラえもん、思い出したよ!」
「やっぱり君が『タイムベルト』を……」

「違うよドラえもん。ほら、あの時だよ。ミーちゃんが泣いていて原因を突き止めてやる、と気合入れてたじゃない、ドラえもん。
『タイムマシン』の調子が悪くて『タイムテレビ』も思いつかなくて『タイムベルト』で真相を探ってやるとか言って空き地に行って……

だから無くしたのは多分、ドラえもんだよ!」
「ぼ、僕がそんなおっちょこちょいな……」
「ドラえもんはおっちょこちょいだよ」



 3.

 空想やSFの世界だとばかり思っていた。タイムマシンなんて!

 それが今、存在している。今、俺の腰に巻かれている。

 不思議と、自分の気がおかしくなったのだ等と言ってごまかす気になれなかった。本物だ。
本当にタイムスリップができる機械なのだ、このベルトは! 完全に、俺は受け入れる。この機械を。

 体の震えが止まらない。ガクガクと音をたてる口が止まらない。
 タイムマシン……タイムマシン、タイムマシン!

 いつだって、どの時代だって行けるのだろうか? 凄い、凄い、凄い!
 興奮する体。

 そんな中、頭の中で一つの発想が浮かびあがる。

 昔に戻ったら、どうだろうか―― 昔の、人生のターニングポイントに戻るのだ。

その時の自分にアドバイスをして結論を出させる。そうすれば、そうすれば、未来が変わる……
 素晴らしい発想だと、俺は思った。

 今の自分は消えるが、俺はみじめな暮らしをすることは無くなるのだ。
 鼓動が高まる。おお、おお、おお!

 戻ろう、あの時へ。

 そして俺が俺自身を救うのだ。

 ゆっくりと、ダイヤルを回す。戻る、戻る、戻る! あの時へ。まだ希望に溢れていた、あの時へ。


「これで戻れ……っ!?」

 

 

 



 説明に変わる数行の会話.

「ドラえもん、空き地から声がするよ。喧嘩かな?」

「……さあ? ちょっと急ごう」

「あれ? 空き地からなんか人が出てきたよ。あの人が持っているの『タイムベルト』じゃない?」

「ああ、あのスーツ姿の? 本当だね。すいません、それ……僕の」

「そ、そうかい。はい。空き地に落ちてたよ」

「は、はい。あ、ありがとうございます……」

「それじゃあね」

「あっ! ……何も走っていかなくても……誰だろうね? あの優しい人」

「待ってのび太君。空き地から誰かが出てきたよ。誰かにぶたれたみたい」

「臭いなあ……ホームレス、かな?」

「だ、誰だ……? いきなり殴って、タイムマシンを……!」



 4.

 ひりひりと痛む頬を撫でながら俺は空き地から出て行った。

 左側の道に青い狸のようなのと眼鏡をかけた少年が見えた。手に持っていたのはあのタイムマシンだったような気がするが……
 それにしても、あれは誰だったんだろう? 俺を殴ってきた奴は……

 スーツを着て、何処かで見たような顔をした…… そいつが言った言葉がやけに胸に突き刺さった。

 前を見ろよ、前を! 過去なんて気にすんじゃねえよ! 変えようとするんじゃねえよ!――

 その言葉がグサリと、胸に……!

「あっ!」


 分かった。思い出した。さっき殴ってきた奴。
 あいつは、昔の俺だ。

まだ若くて、働いていた頃の――

 ははは、と俺は苦笑をする。

 自分に説教されてどうすんだよ。しかも、若造の。
 今を頑張ってみようかな。



 男が昔に戻った世界で交わされた数行の会話.

「よう、元気だな」
「誰です? あんた」


「お前だよ。未来の」

「未来のお? 何言ってるんだよ、あんた」

「よく見ろってほら、顔を。ここのほくろ。あんたの顔にもあるだろう? 数十年後……
 二〇一〇年四月十四日のお前が俺なんだよ。タイムマシンで戻ったんだ」

「タイムマシン? な、何を……」
「ほら、ちゃんと見な……」

「……! 確かに、俺だ」
「ふふっ、そうだろう」

「じゃあ、何で未来から此処に来たんだ?」

「この格好見りゃ分かると思うが俺は今、乞食生活だ。その乞食になる切欠となったのが俺がお前の時だったんだ」

「つまり、未来を変えようと?」

「そういうことになる……!? おい、何をする!」

「貸しな、そのタイムマシンを! お前に指図されてたまるかよ。都合よく過去を変えて自分を変えようとかしてんじゃねえよ!」

「う、うわ、ベ、ベルトが……! おい、何処に行く!」

「あんたがここに移動する直前に戻ってあんたを殴る! そうすりゃあんたが此処に来たという事実も無くなる。そうだろ?

 タイムパラドックス、だっけな。あんたは俺だから分かると思うけど俺はSFが好きなんだ。タイムパラドックスってやつだ」

「お、おい! 俺はお前の未来を良くしようと……」

「うるせえよ! 過去を都合よく変えるくらいなら今その瞬間を自分自身で変えるように努力しやがれよ!
 よし、これでダイヤルが合ったか?」

「あ、ああ!」


 終章に変わるいくつかの会話.

「もう夏だね。暑いよドラえもん」
「仕方が無いよ……早く家に戻ってママからアイス貰おう」

「そうだね!」
「……あれ?」

「どうしたの、ドラえもん」
「いや、今すれ違った人……何処かで見たような……」

「あの立派な服着てる人が?」
「うん。何か見覚えがあるんだよなあ。今年の春くらいだったと思うけど……あのホームレスの人かなあ」

 

 

 

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