第六章「医師」
(作:文矢さん)
嘘だと信じたかった。そんなわけが無いと。だが、携帯電話からはただ淡々と、そのおぞましき事実が伝わってきた。
地面に落とした携帯電話を拾い上げようとする。体が、震えていた。怖い。怖い。怖い。ただ、その感情が僕にそうさせているだけ。
何とか携帯電話を拾い上げる。
携帯電話につけている髑髏のストラップが今、不気味に思えた。まるで「アルティメットシイング」の様で。脳裏にまたあの不気味な姿が
蘇った。
「そ……それは本当なのか?」
声も震えていた。その僕の質問に、電話をかけてきたあの医師は少し驚いた様子で答えた。その声が事実だという証拠のようにも思えた。
「本当です。今、ニュースで人の形をした怪物が……街の方で暴れているって」
医師も少しパニくっている様子だった。声の調子がさっきあいつの状態を説明した時とは全く違った。だが、それも当然か。
怪物なんてこの世に存在するなんて思いもしなかっただろうから――
街とは、何処の街だろう。多分、この研究所から一番近い街だ。そう、一番近い街。可哀想に。全部、あいつらのせいで。
さっきまで僕のせいか、あいつらのせいか迷っていたのに今はもうあいつらのせいにしていた。あいつらのせいだ。
僕は、あんな研究はしたくなかったんだ。そうだ、そうなんだ。僕のせいじゃない。
その時、一つ疑問が生まれた。
「アルティメットシイング」が一番近い街へ行ったのなら、あの医師も襲われているはず。なのに、あの声はどう考えても
そういう状況には思えない。何故、どうして――
医師に電話をしようとする。だが、誰も出なかった。受話器が外れっぱなしらしい。几帳面そうなあの医師がそんな事をするとは
思えない。とするとやはり、あの街が襲われているらしい。じゃぁ、何でさっきの医師はあんな態度を……
「アルティメットシイング」「消防士の様なマスクをした男」「医師」「襲われた街」「あいつら」幾つもの単語が頭の中でグルグルと
回っていた。どうして、どうして。
だが、どう考えても結論は出なかった。