第四十三章
「哲也」
(記:文矢さん)
哲也、どうして死んだんだ―― 仏壇の前に来ると、いつもこう思っちまう。あの馬鹿息子の。親にずっと会いもしねぇで
死にやがった馬鹿息子の。いや、大馬鹿息子と言った方がいいかもしれない。
あの日の事が、完全に思い出せる。妻の亜紀はいつも通り、家で家事をやってた。俺は寝転がって、テレビを見ていた。
いつも通り。本当に、いつもみたいだった。
そして、電話。あの時に取らなきゃ、こんな事は無かったのかと思った時もある。いや、馬鹿らしい。事実は、哲也が死んだ
という事実は死んだというのは変わらないからな。
ため息をついた。そういや、あの電話が来たのはこれぐらいの時間だったな。別に、また電話なんて来るわきゃあないが、
憂鬱になる。らしくもない。こんな親父がだ。
その時、インターホンの音が聞こえた。亜紀が玄関の方へとバタバタと音をたてて行く。来訪者だ。線香でもあげに来たのだろうか。
まぁ、どうでもいいが。
来訪者の名前が分かった。亜紀の馬鹿でかい声でだ。
「あら、裕香ちゃん! また来てくれたの?」
裕香ちゃん―― 哲也の彼女だ。中学生の頃から哲也と付き合っていた美人の女。あの馬鹿息子には勿体無い程の。
確か、哲也の子を孕んでいたんだっけ。哲也が死んでから毎日、来てくれている。
裕香ちゃんは、玄関からすぐに仏壇の前に来た。俺に対して、挨拶をし、俺が仏壇の前をどくと哲也に「挨拶」をした。
本当にこの子、哲也の事が好きだったんだなと実感する。
「たくっ、酷いですよね」
「は?」
裕香ちゃんが急に、俺と亜紀に向けて言い放った。その声は、何処かした悲しさが混じっているように思えた。
哲也に対しての「酷い」なのであろう。
「私みたいな彼女を残してさ、勝手に死んじゃうなんて」
裕香ちゃんは、そうやって涙を零した。亜紀もそれにつられて、涙を流しちまって。たくっ、女の涙なんて俺は見たくねぇんだけどな。
少し、文句を言いたくなる。
その後、裕香ちゃんは帰って行った。そして、その後も毎日毎日、裕香ちゃんは哲也に「会いに」やって来た。自分にだって
仕事があるだろうに。哲也がどんだけ幸せ者なのかがよく分かった。
そして、今日もやって来た。仏壇の前へと、静かにやって来る。もう、これが亜紀にとっても俺にとっても日課になっている。
そして、俺は今日、思っていた事を言った。
「哲也の事は……忘れてくれないか?」
「あなた!」
亜紀が驚いた声でそう言った。裕香ちゃんも、驚いている。俺は続けて、また言う。
「あんたは若くて、美人だ。いつ間でも哲也なんかに縛られないで」
「嫌です!」
俺が言いかけた時、裕香ちゃんがそう言った。思わず、俺も亜紀も黙ってしまった。裕香ちゃんの目からは、涙がこぼれていた。
「哲也は、哲也は……どんな時でも私の傍にいてくれたんです」
ポロポロと裕香ちゃんから涙がこぼれる。
「だから、それ以上の人なんて私は見つけれません!」
その言葉を聞いた時、俺はこう思った。
哲也の奴は、どんだけ幸せ者なんだ――