第二十六章
「人をさばかば」
(記:抹消さん)
自分の意思ですべてがスローモーションに見える、昔読んだ本に書いてあったかな。ボクサーの動体視力だとたしか
パンチがスローモーションに見えると。まして、銃弾がスローモーションに見え、かつ、自分の体がこのスローモーション世界で
自由に動きが取れる。脳のリミッターがさっきの精神的追い込みによって外れた可能性が高い。おれは人間の域を超えた怪物だ!
「銃を使うんじゃない!味方にあたるぞ!!」
ようやく撃つのをやめ、ナイフに持ち替え襲ってくる。しかし、リミッターが外れた今、すべてにおいて俺の身体的なものが
勝っている。兵隊の右手首の関節を折り、ナイフを奪う。昔を彷彿させるこの臨場感、冷戦時代の殺人マシーンの俺を思い出させる。
「ははは!!人殺しは数で決まるんだよ!!」
俺は狂気に身を任せ、ナイフで人を殺してゆく。妙な心地だ。人を殺して何も思わないとは。
「心臓を刺せば3秒で死ぬ、1,2,3」
兵隊は俺の狂気を恐れ、ただ殺されてゆく。それを見かねたのか犬が俺の元へやってきた。
「人を殺しすぎだ、聖書にもあったろ。人を裁いたら裁かれるって」
犬の声で俺の意識が戻り始める。今一度確信する、人殺しは心を深く傷つける。
「お前は逃げておけ!俺が何とかする、戦わねばならぬときだけ戦え!お前は裁かれるべき人間じゃない!!」
犬が俺を怒鳴りつけた。いいたいことはよく分かる。昔は俺もこんなことをした。
「おあいにく、俺も人を何度も殺した。いつでも裁かれる覚悟はしているよ。敵兵はざっと見積もって一個小隊、もう終わりだ。
「ばかやろう!!お前みたいな心のよわいやつに人殺しは向いてねえって言ってんだ!!お前はさがてろ」
犬が俺をどついて牢屋に閉じ込める。
「俺はまだ戦える!!」
犬は牢屋越しに殴りかかった。あごに決めたようで、脳震盪を起こす。気絶しかける間に犬は語りかけた。
「狂気にとらわれすぎている。お前はそんな人間じゃない。狂気にとらわれるな、本まもんのくずになっちまう」
「へ、おまえもくずじゃないの・・・・・」
「残念ながら人じゃねえんだ」
「は、屁理屈だ」
そのまま俺は牢屋の中で気絶した。犬たちが敵兵を鎮圧するまでずっと。