来訪者

文矢さん

 

第八話 「伝説の刑事 下」

 麻薬…… 隣の心臓がバクバクと鳴る。遠藤、奴には『何かがある』隣は今、確信を持った。
それが遠藤が犯人だと証明するものかは別としてだ。
 遠藤の住んでいるアパートの名は『春風ハイム』このアパートは今のところ、空き部屋は無い。バス停が近く、
バスに乗れば五分程で駅へ着く。

 隣はインターホンを押す前に、他の部屋を見てみる事にした。隣の頬を汗が伝る。
「これは……!」
 時間は十二時五十五分。一日の半分が過ぎている。事件が起きてからも十二時間五十五分だ。
 捜査を始めたのは十時ぐらい。だが、それだけの短時間でも隣は実に『奇妙』な発見をした。

 奇妙な発見。それは、事件の真相に繋がる。ものばかりだ。昼飯を食ってる時にひらめき、そして今、こうやって単独で
捜査している。この捜査の早さはまさに最高の刑事としか言いようがなかった。
 そして、今の奇妙な発見。それは、『ピッキング』の跡であった。

 遠藤の隣の部屋。表札には東方と書いてある。この時、隣の頭には一つの考えが浮かんだ。
 遠藤は麻薬をやっていて、そして買う金に困り隣人の家にピッキングをして奪いに入ったのではないかと。
 隣は、インターホンを押した。部屋の中にその音が鳴り響く。

 ――物音。中から声が聞こえている。隣は確信を持つ。奴は今、部屋の中にいる。
 だが、インターホンからの反応は無かった。遠藤は、隣の確信通り中にいる。だが、出てこようとしないのだ。
 もう一度、インターホンを押した。再び中から物音がする。何かをしてる。遠藤は、何かをしてる。
「遠藤、ドアを開け! 警察の隣だ」

 隣はインターホンに向けて叫んだ。少し、神経が高ぶっている。だが、遠藤は話しかけてこない。
 試しに、隣はドアノブを回してみた。『開いた』一歩、隣は中へ踏み入れた。
 事件の臭いがする。何かの、事件の。
 中を見ると、全く片付いてないグチャグチャの部屋があった。変な臭いもする。
 そして、リビングらしき所の椅子の上に、遠藤はいた。

「は……入ってくるんやない我!」
 遠藤は、近くにあったコップを隣に投げてきた。隣はそれを軽く交わし、遠藤を睨みつける。
「落ち着きな。何も、殺しに来たわけじゃない」
 隣は携帯電話を取り出し、操作した。ムービーモードにしたのだ。この状況を、ムービーで撮る為に。

 携帯電話を構え、玄関辺りからの光景をそれに収める。

「入っても、いいな?」
 隣は靴を脱ぎ、部屋の中へと踏み入れた。遠藤は怯えたままで、今にも何か投げてきそうだ。

 隣は落ち着いて遠藤の顔を見た。事情聴取の時も少し感じたが、麻薬中毒者特有の臭い、そして鼻腔咽頭ねんまくの
異常が見れた。ほんのりと赤くなっているのだ。
「麻薬を……やっているな」
 隣がそう言うと、遠藤はハッとなった。バレた。刑事に。バレた。そんな彼にとって絶望的な衝撃が走った。
「うわあああああああああ!」
 遠藤は発狂したかの様にそう叫び、周りにある物を全て隣に向けて投げた。ビン、ペットボトル、生ゴミ、ペン、ノート等様々なものだ。
「出てけ、出てけ、出てけぇぇぇ!」
 その様子を、隣の携帯電話はしっかりと撮られている。そして、隣の目にもある物が映った。

 机の上にあるものだ。それは、注射器。

 昔は注射器もそこら辺の薬屋に売っていた。だが、今は勝手に注射器など犯罪である。隣も当然それが分かっている。
「分かった、分かったから。出てくよ」

 ドアを開いて、隣は部屋から出て行った。
 遠藤はそれを確認すると物を投げるのをやめ、部屋の中にはまた不気味な静かさが漂った――

「ふう、少し怪我をしてしまったか」

 隣の手の甲に、ペン先ぐらいの傷ができ、そこから血が出てる。ボールペンが突き刺さったのだ。
 ヒントは十分。隣はそう思った。
 アパートの二階から静かに降りていき、周りを見渡す。すると、ゴミ捨て場にまだゴミがあるのを発見した。
 隣は時計を確認する。午後一時十分。やけに回収にくるのが遅い。

「証拠が、あるかもな」
 隣はゴミ捨て場の周りに人がいないのを確認し、ゴミを漁り始めた。
 捕まったとしても、捜査の為と言えば大丈夫だろう。

 嫌な臭いが鼻についたが、隣は気にしなかった。捜査の為なら、何でもする。それが、隣の信念だった。
 探していく内に、隣はある物を見つけた。例えるなら、泥の中のダイアモンド。例えるなら、暗闇の中の光。
 気まぐれで、探し始めた筈だった。だが、隣は発見したのだ。

「見つけたぞ……」
 その行動、そして見つける早さはまさに伝説の刑事――




「遅すぎるよな……」

 唐沢は、時計を見た。時間は一時三十五分。電話をかけても、つながらなかったのだ。
 隣は時間はキッチリと守るタイプだ。なのに、来ない。おかしい。どう考えても。
 その時、不意に電話が鳴った。唐沢は急いでそれを手に取る。

『唐沢か? 俺だ。隣だ!』
「隣さん!? 今何処にいるんですか」
 隣の声は昂ぶっていた。何かを発見した。唐沢はそう直感した。その通り、隣は発見したのだ。ある物を。
『今何処か? いや、今はどうでもいい。凄い事を発見した』
「凄い事、何ですか?」
『驚くなよ。事件のな
 その時、歯車が静かに狂った……

 唐沢に鈍い音が携帯電話を通して聞こえてきた。まるで、何かで殴られたような音が。
「隣さん、何ですか!? 答えて下さい!」
 あっという間。隣の自身ありげな声は、もう聞こえてこなかった。
 運命という名の歯車は、狂ったまま、また動き始める。
「隣さん! 隣さん! 隣さん! 答えて下さい!」
 

 
 唐沢の声は、『現場』で虚しく響き渡った。隣はもう、答えられない。





 一つの赤く、力強い炎が今、また消えていった――

 

第九話 「運命」

 時間は、午後三時。ドラえもんとのび太は、とりあえず『スパイセット』を取り出し、事情聴取の画像を見ようとした。
「ねぇ、あの唐沢さんって人の行動を録画しとかない?」

 見ようとする前に、のび太はそう提案した。ドラえもんはそれに納得し、唐沢に向けて『スパイセット』を向かわせた。
 そして、唐沢の所へとたどり着いた時、思いがけない映像が目の前に広がった。

 死体―― 唐沢が、頭から血が出てる死体の前で立ち尽くしていたのである。
 そして、その死体に二人は見覚えがあった。顔と体格で判断したのである。

「ちっ隣さん……!?」
 そう、倒れていた死体は、隣の、『隣貞彦』の死体であったのだ。

 鋭い目つきをしていたあの刑事の、死体。唐沢は、魂を抜かれたかの様にその場に立ち尽くすしかなかった。
 唐沢が、唐沢英彦が最も尊敬した刑事が、目の前で死んでいる。ショックどころの姿ではない。

「な、何で隣さんが殺されてるの? ドラえもん!」
「そんなの分かるわけないよ」
「あの刑事さんが、どうして……!」

 唐沢は、無言のまま隣の死体に近づいた。すると、手に何かを握っているのが見えた。
 静かに、やさしくその手を広げた。そこにあったのは、写真だった。握りつぶしたかの様な、写真。
 もう片方の手には何も無く、手は広がっていた。又、もう片方の手からは血が出ていた。
「写真……?」

 モニターの向こうの唐沢はそう呟き、写真を広げた。その時、パンドラの箱を開けてしまったかのような衝撃が唐沢の体に走った。
 ドラえもんとのび太もそこに注目した。また、ズームさせたりもしていた。
「あ……」
 其処にあったのは、グラサンの男。遠藤と誰かの写真だった。
 何か、トランクと封筒を取り替えている。何かの、取引の写真であろうか――
 唐沢の頭には、ある言葉が過ぎった。隣が最後に電話で言ったあの言葉。

 驚くなよ。事件のな―― 事件の動機を発見したという事か? 唐沢はそう推理した。
「隣……さん」
 やがて、サイレンが鳴り響き、パトカーと救急車がその場に到着し、現場捜索が始まった。
 唐沢はどき、その光景をただ眺めているだけであった。
 唐沢の頭の中には、隣からもらったアドバイスや言葉の数々が蘇っていた。伝説の刑事の、言葉。
 パトカーと救急車のサイレンというBGMがその場に鳴り響いた……


 
 隣貞彦の死体が発見されたのは、遠藤と広瀬の家からそう離れていない場所の人通りの少ない路地であった。

 死因は後頭部への打撃。何か硬いもので殴られたものと思われる。恐らく、バットだろうと予想された。

 そして、当然のごとく、柴田密室殺人事件と関連あるものと警察は見た。

 最も注目されたのは隣が握っていた写真だった。遠藤の、麻薬取引と思われる写真。

 これが動機ではないか。死体発見から一時間後の午後四時。

 『重要参考人』として遠藤は連行された。また、聞き込みも始まったのである。

 遠藤についてはドラえもんとのび太は、もう片方の『スパイセット』を尾けさせておくことにして唐沢の行動を追うことにした。

 唐沢は、一人で聞き込みを開始していた。一人でやるというのは唐沢が物凄い剣幕で警部に頼んだ為だ。
 隣さんは、何かをつかんでいたんだ―― 唐沢はそう思った。あの写真を残すが為に自分に電話をしてきたのか、
いや違う。隣さんはそんな下らない事で電話はしない。唐沢は、そう思ったのだ。

 そして唐沢は一つの結論へと達する。隣は犯人、そして事件のトリックへたどり着いたのだ。間違いない。
 広瀬の家のインターホンを押す。すると、すぐに広瀬が玄関から現れた。
「刑事さん? どうしたんですか?」
 広瀬は何でもない顔でこう言った。唐沢はハッキリとした口調で言う。
「刑事の隣貞彦が殺されたことについて聞きにきました」
「ちっ隣って…… あの人がですか?」
「まぁとりあえず家の中に入れさせてもらえますか?」
「あっはい」

 中には、広瀬の妻らしき者もいた。唐沢がテーブルの席に座ると広瀬はコーヒーを入れますと言って台所へと消える。
 容疑者の家に来て、隙があったら携帯で動画をとっておけ―― 隣の言っていた言葉が頭に思い出された。
唐沢は携帯電話を取り出し、動画を撮り始めた。

 広瀬は広瀬の妻と一緒にテーブルへ座り、コーヒーを唐沢へと渡した。
「刑事さん、隣さんならさっき会いましたよ」
「えっ」
 唐沢は広瀬の言っていることに驚いた。隣が、この場所に来ていたなんて。
「いっ何時頃ですか?」
「十二時……四十分ぐらいですかね?」
「なるほど。どういう感じでここに来たのですか?」
「ホームセンターで買い物をして、歩いているとバス停ら辺で会ったんですよ」
「ホームセンター? 何を買ったのですか?」
「ベランダにある物です。日曜大工の為のものですよ。レシートもあります」

 唐沢はレシートを受け取り、外にある物と確認した。メジャー、木材…… ぴったりと一致する。
「こういうの、好きなんですか?」
「はい、何個も作ってますよ。外にあるのも見たでしょう?」
「それじゃ、あなたは午後一時三十五分頃、何をしていましたか?」
「家にいましたよ」
 広瀬はなんとも簡単にそう言った。
「証明する人は?」
「私です」

 広瀬の妻がそう言う。その目には、嘘をついているようには見えなかった。
「あそこの時計で確認しました。丁度タカと昼食をとってました」
 タカは広瀬高広の事らしい。唐沢が時計を確認する。あそこの時計で確認したのか。
 時間を時計で見ると一分遅れていた。だが、ほとんど間違いは無いだろう。

 その後、十二時五十分ぐらいに広瀬の妻が帰ってきて、上の階で掃除や洗濯物関係の事をやっていたことなどが分かった。
 唐沢は広瀬の家から出た。次は、遠藤の家に捜索に行こうと思っていた。

「何だ?」
 唐沢が遠藤のアパートの方を見ると、なにやら警官達が騒ぎ始めていた。

 急いで階段を上り、遠藤の部屋の近くへと行く。

「どうしたんだ? 吉良」
 唐沢はその中の知り合いに対して聞いた。名前は吉良。
「唐沢。いやな、部屋の中で大量の麻薬が発見されたらしいぜ」
「麻薬……!?」

 吉良の言葉に唐沢は驚いた。麻薬が、麻薬が発見された。遠藤は、麻薬中毒者だったのだ。
 唐沢はアパートから降り、辺りを歩くことにした。
 さっきの広瀬の話からすると、多分隣は遠藤の部屋へと向かったのだろう。その時に、麻薬関係の何かを発見したのであろうか。

 その時、ゴミ捨て場が目に入った。ゴミは多分、警察側で回収したのだろうが、やけに物が落ちていた。
 烏のせいじゃない。人間が探ったような……
「そうか、隣さんがここを漁ったのか」
 運命は決められている。唐沢がこのゴミ捨て場を通ったのも、また運命なのだ――



「やっぱりさ、犯人はあのエンドウだよ」

 のび太はドラえもんに対してそう言った。麻薬もあったし、動機もある。のび太は単純にそう思ったのだ。
「でもさ、密室はどうやって作ったの?」

「……! そうだ、あのアパートのドアって上と下に間空いてたよね? そこから投げ入れたんだよ!」
 ドラえもんはため息をつく。
「あそこから窓近くまで届くと思う?」
「うっ」
 のび太は黙ってしまった。今のところ、二人は真相に全く近づけていない気分でいた――

 

第十話 「追」

 唐沢は、次は『夏虫アパート』に行くつもりだった。現場の確認と、長崎へ聞き込みをする為であった。
この時間なら、まだ警察には連れて行かれてないだろう。
 その時、唐沢の携帯電話が鳴り響いた。それが、終わりの鐘の音だったとは知らずに。そう、それは子供の遊びの
終わりを告げる午後五時の鐘と同じ―― 

 携帯の液晶を見ると、それは吉良からだった。
「吉良か? どうした」
『唐沢、捜査は終わりだ』
「え?」

 吉良の言ったその言葉。吉良はただ、何気なくそう言っただけだった。彼が見た真実を、伝えるだけであった。
 そして、モニターの向こう側にいるドラえもんとのび太も驚いた。捜査が終わり。その言葉は衝撃を与えた。
「どっどういう事だ!?」
『遠藤の部屋の中から、見つかったんだよ。ガイシャの持っていた財布類がな』

 証拠類は見つかった。それはこの時点で警察は遠藤を逮捕して、検察に回して起訴できるという事を意味する。
 普通ならここで「そうですか」で終わる筈だった。だが、唐沢は認めたくなかった。隣のメッセージから感じたあの奇妙な確信。
違うはずだ。隣は、そんな事で電話などしてこない。もっと重要なものを掴んでいた筈なのだ。
 唐沢はその後、適当に吉良からの電話を流し、ボーッとしてそこら辺を歩き始めた。



「やっぱ、犯人はエンドウだったじゃん!」

 のび太が少し威張ったような口調で言った。だが、ドラえもんは少し頭を抱えていた。

「でもさ、おかしいよ」
「え? 何で?」

 ドラえもんの目は、何かを確信している目だった。のび太はそれを感じとって、ドラえもんの話を聞こうとした。

「もしもだよ、君が犯人で、殺した奴に弱みとなる写真を撮られているとするね?」
「僕は犯人じゃないよ!」
「だから、例えだって……」
「例えばってことだね。分かった」
「そして、殺した奴から写真を奪い取った。これをどうする?」
「……あっ」

 のび太の頭の中に、ひらめきが宿った。おかしい。どう考えてもおかしい。ドラえもんはそれに気づいたのだ。
「僕だったら絶対に、そのままだったら捨てないよ!」
 二人は、ゴミ捨て場の様子から隣がゴミ捨て場から何かを発見した事を分かっていた。もしも隣が写真を発見したのなら
ゴミ捨て場からとったという事になる。
 だからこそおかしいのだ。のび太とドラえもんの考えた事はこうだ。
 そんな弱みの写真なら、その四角い状態のままの形の写真のまま捨てない。ゴミ袋は透明だ。透き通って、中身が見えてしまう。
「ハサミでバラバラにしたりして捨てるよ!」
「そう。だから、僕はエンドウは犯人ではないと考えるんだ。あの写真は多分、犯人がエンドウに罪を押し付ける為のものだ!」
 様々な冒険の中でドラえもんの洞察力は鋭くなっていった。だからこそ、この写真に気づいて確信をもったのだ。
「じゃあ、誰が犯人だろう?」
「う〜ん……」

 解かなければならない謎は二つだ。犯人は誰か。そして、密室トリックはどうやって作ったのか。
 



 唐沢は、いつの間にか『夏虫アパート』に着いていた。ボーッと歩いていたらたどり着いたのだ。
 現場を見てみよう―― ふと、唐沢は思いつき、階段を上った。警備をやっている奴に警察手帳を見せ、中へと入る。

 現場を見渡す。大体の物は鑑識に回されて、殺風景な部屋になっていた。
 隣が鑑識の森永から聞いたとおり、現場には傷跡が幾つもあった。
「あれ? これは……」

 窓側に、何か穴があったのだ。釘をさしたかの様な穴。何だ? この穴は。唐沢はそう感じた。
 唐沢はおもむろに携帯電話を取り出し、それを携帯のカメラで撮った。隣さんも、こうやっていた筈。
「あっ、そうか。隣さんの携帯電話だ!」
 唐沢は気づいた。そこに、ヒントがあるかもしれないという事に。隣も、撮っていたのだ。あの部屋の様子を。
 唐沢はそう思うと、すぐに署へと向かった。少し金はかかるが、タクシーを使って署へと向かった。




「穴かぁ……」
 ドラえもんとのび太二人はまた悩んだ。その穴が、何かの『ヒント』になるというのは少し分かっていた。
唐沢も、ヒントになると感じていた。

「そうだ! 鍵を閉めた後、その穴から鍵を通したんだ!」
「秘密道具でも使わない限り、無理だよ……」
「うっ」



 唐沢は鑑識の部屋へと入った。時間は午後四時をまわっていた。

「唐沢!」
「隣さんの所持物を見せてくれ!」

 その時、監察官は隣と唐沢の姿を重なったように見えた。
 その剣幕、そして何かを思いついたかのような目。そっくりだった。



 唐沢は、間違いなく隣の姿を追い、近づいていっているのだ――

 

第十一話 「犯人」

 携帯電話。隣は、いつも容疑者の家の様子をおさめていた。事件のヒントになるかもしれないことは、
何だってやる人だった。そして、唐沢は見つけた。隣が残してくれた、最大のヒントを。事件を解決するヒントとなる、携帯電話を。
その手で、掴んだのだ。

 ゆっくりと、唐沢は隣の携帯電話を開いた。すでに、鑑識は中のデータ等を全てコピーし、写真も撮り尽くしていた。
その携帯電話には、殺された時についたと思われる傷が大量に残っていたが、ちゃんと起動した。
 そして、操作をし始める。やり方は、普通の携帯電話と同じだった。ロック等はかかっていない。

 隣さん、あなたは何を伝えたかったんだ?―― 唐沢の心の中にそんな気持ちがこみ上げてきた。
死ぬ直前に、隣はこの携帯電話で唐沢に電話をしたのだ。『何か』を伝えるために。
 そして、開かれたムービーのデータ。伝説の刑事の、ムービー。

 『遠藤 家』と描かれたムービーをまずはクリックした。恐らくは、犯人として最有力候補の遠藤のアパートの部屋の映像だろう。

 映像の下の部分には一時三分四十三秒と表示されている。これは、隣が機械に詳しい友達に改造してもらったものだ。
この時間は、正確であるという事を三人は理解した。
 そして、映像。唐沢とドラえもん、のび太はその映像にひきつけられた。携帯電話の画面をさらにカメラで映すと
画質が悪くなるものだが、『スパイセット』のカメラは高画質でとらえていた。

 遠藤の部屋の、玄関周りの映像。片付いていなくて、靴下・服・靴・何かのガラスが無造作に散らかっている。
また、廊下の端にある埃さえも映し出されていた

『入っても、いいな』
 携帯電話の画面から、隣の声が聞こえてきた。伝説の刑事の、声。確かにその時には存在していた声だった。

 隣の靴を脱ぐ音、そして、廊下をしっかりと足で踏む音が捉えられた。

 この時、遠藤の姿と部屋の中が映し出された。グチャグチャの部屋。そして、唐沢の目を引いたのは机の上にある注射器らしきものだ。
『麻薬を……やってるな?』

 鋭い隣の声。そして、そのセリフが終わった瞬間に聞こえてくる雑音。
 幾つもの、物が画面に映り、『出てけ、出てけ、出てけぇぇぇ!』という遠藤の声が聞こえてきた。

 その後、『分かった、分かった、出て行くよ』という隣の声が聞こえ、段々後ろに下がっているところで映像は切れた。



「う〜ん」
 ドラえもんは『スパイセット』の画面を見つめながら腕を組んで唸った。
「エンドウは、犯人じゃないよ」

 その時、のび太が言い放った。鋭く、確信したかのような声。しっかりとした、声だった。
「どうして分かるの?」
「だってさ、ドラえもんみたいに考えてみたんだ。するとさ、おかしいじゃない。密室殺人は難しいんでしょう? 
あんなすぐにキレる人にできるわけないよ」

「うん、そうだね。のび太君も成長したじゃない」

「へへ……」
 のび太は少し照れ笑いをした。



「次は……」
 唐沢は、『広瀬 家』というムービーをクリックした。これは、広瀬の家の映像が表示される筈だ。
 映像には、ほとんど音は入っていなかった。道路を車が通ったりとか、そんな生活での雑音だけだった。

 映っていたのは、さっき唐沢も行った広瀬の家のリビング。映像下の時間と寸分狂わず規則正しく動いている時計。
その下にある大型テレビ。カントリー系の家具――


「あ」
 

 その時、ドラえもんと唐沢の声が重なった。場所は違えど、言うタイミング・時間は同じだった。

 違和感だった。広瀬の映像を見て感じた、違和感。おかしかったのだ。 映像は、その後十秒程撮った後に切れた。
 そして、唐沢は唾を飲み込み、自分の発見の大切さを感じた。確信をしたのだ。

 

 静かに言い放つ。

「犯人は、広瀬だ」

 

第十二話 「もうひとつ」

「のび太君、犯人はヒロセだよ」
「え? 何で? ヒロセにはアリバイがあるじゃん」

「この携帯電話の映像と、さっき唐沢さんが行った広瀬の家の映像は違うんだよ」
 ドラえもんは、唐沢と同じように確信していた。広瀬以外に、犯人は考えられなかった。
 そしてドラえもんは考える―― もう一つ、必要だと。もう一つ。それは、トリック。密室の、トリック。

 のび太は、画面をいじって、ドラえもんが発見したことを見ようと奮闘していた。ドラえもんは考える。不思議な光景だった。
 時間は、午後四時十分。夏になってきたせいか、まだ日はガンガンと照り付けていた……


 唐沢も考えていた。密室のトリックを。どうやったらできるのか。
 すでに唐沢の足は限界に差し掛かっていた。色々な所を今日一日で走り回った。事件も起きたし、そして、隣も死んだ。
「絶対に……捕まえるんだ……広瀬を、犯人を」

 くじけそうな心に対して、唐沢はそう呟いた。大丈夫だ、大丈夫の筈だ。隣さんだったら、
此処で何かを思いついてくれる筈なんだ。ここで、ここで。唐沢は、そう心の中に呼びかけた。

「隣さんの死体の写真はあるか?」
 監察官は、唐沢の言葉に対して、机の引き出しの一つから、隣の死体の写真を取り出した。

 唐沢にとって、師の死体の写真を見るのはキツかった。だが、見るしかなかった。
 グチャグチャに潰れた隣の頭。金属バットか何かで殴られたのであろう。画面の向こうで、のび太は窓からゲロを吐いていた。

 次に、顔の写真。本当に突然だったようで、衝撃による苦痛の顔しか写っていなかった。
 背中には殴られた時の血がこびり付いていた。特に不自然な様子は無い。
 胴体の部分は、倒れた時のせいか、すり傷等が大量にあった。

 右手には、何かで切ったかの様な切り傷と、すり傷。左手には擦り傷があった。
 他には特に不自然な部分は無かった。

「何処だ、何処にヒントがあるんだ……」


「う〜ん」
 ドラえもんが悩んでいるその時、野比家のインターホンが鳴り響いた。のび太が窓から外を見てみると、
其処にいたのは静香だった。

「しずちゃんだ!」
 少し経つと、玉子の「源さんよ」という声と共に、階段をゆっくりと上っていく音が聞こえてきた。

 ふすまが開いて、静香が中へと入ってくる。手には裁縫セットと布を持って。
「殺人事件に巻き込まれたってほんと?」

「あ……うん」
 何処から噂を仕入れてきたのか、普通に静香は二人に対して聞いてきた。その目は殺人という言葉の恐怖も
入り交ざっていたが、キラキラと輝いていた。

「それで、どういう事件だったの?」
「い……」
「あれ? しずちゃん、何で裁縫セットなんて持ってきたの?

 動揺しているのび太を見て、ドラえもんは上手く話題を変えた。

 静香は見事にドラえもんの考えに引っかかり、裁縫セットの説明を始める為に口を開いた。

「これ? この前のび太さんが家庭科終わってなかったから手伝ってあげるって約束したじゃない」
「あ! そうだった」

 のび太は今、思い出して引き出しの中を漁り始めた。その間に静香は準備を始める。
 静香が裁縫セットの中から物を取り出し始めた。メジャー、針等が入ったケース、裁ちばさみ……

 その時、ドラえもんの体の中に閃光の様な衝撃が走った。


 殺人事件、事情聴取、隣の捜査、スパイセット、唐沢が受け継いだ捜査。
 全てが繋がり、事件は今、終末を迎える――

 

最終話 「不吉なる来訪者達の終焉」

唐沢の携帯電話が鳴り響く。今、唐沢がいる場所は捜査本部の部屋だ。唐沢以外にも何人かいて、暇そうにしている。

 その携帯電話を手に取り、通話をし始める。

『唐沢? 俺、永森』
「永森か、どうかしたのか?」
『いやな、ゴミ袋の中から凶器と血まみれのレインコートが発見された』
「凶器? どっちの凶器だ?」

『両方だ。ナイフは箱の中に、バットは包み紙で二重に包まれていた』
「つまり、犯人はレインコートを着て、刺したり殴ったりしたという事か?」
『そういう事だな。犯人は遠藤じゃないのか?』
「俺は……違うと思ってる」

『……そうか。何故だ?』
 唐沢は、永森に対して自分が思っている事を全て言った。馬鹿にされるかもと思ったが、
唐沢は永森とは同期で親友だったので、信じてくれると思ったのだ。又、同じ隣を尊敬していた刑事としてもだ。 

 そして、少しの沈黙が包んだ……
「じゃ、じゃあ切るな」
 唐沢は携帯電話の通話終了のボタンを押そうとした。このままじゃ、気まずくなるだけだと思ったからだ。

『まてよ』
 その時、親友の声が携帯電話から聞こえてきた。ありがたい、その声が。
『お前がそう思うのなら、お前が確信しているのならッ』
 力強いハッキリとした声が聞こえてきた。唐沢は喋らないで電話を耳に当てる。
『ちかさんの仇を、絶対に討てよ!』
 唐沢は、答えるだけだった。こう、答えるだけだった。

 

 

「もちろんだ」



 時間は、まもなく午後七時。『夏虫アパート』の前に、三人の男女が集まった。

 『夏虫アパート』の管理人、長崎。『ニコニコ金融』、柴田の同僚、広瀬。同じく同僚、辻。全員が、「何故?」という顔をしていた。

 その時、道の向こう側から足音が響いた。三人はそっちの方を睨むかのように振り向いた。
 そこにいたのは、一人のロボットと、一人の少年。ドラえもんと、のび太だった。
 さっきまで、まるで神様の様に地球を照らしていた太陽の姿は空には無く、その代わりに悪魔の様に
冷たい月の光が地球を照らしていた――

 時計の針が、静かに午後七時を差す。

「お集まりしていただき、ありがとうございます」
 ドラえもんが三人に言う。三人は少しざわめいた。そして、広瀬が口を開く。
「あんた達が、俺達を呼び出したのか?」

「ええ、その通りです」
「何の為に!」
「真実を明かす為に!」

 強い口調でドラえもんは言い放った。その迫力に、一瞬広瀬がたじろいた。
「真実って……柴田さんが死んだ事件に関してかい?」
「ええ、そうです。柴田さん、そして隣さんの殺人事件の犯人、そしてトリックについてです」
「あんたが、分かるのか?」

 辻がドッシリとした口調で言う。大男なりの迫力があった。だが、二人は覚悟を決めていた。

 どんなに馬鹿にされようと、どんなに信頼されなかろうと、事件の真相は今、この時間に暴く。そういう、覚悟だった。
「まずはトリックから説明をしたいと思います。長崎さん、部屋を貸してくれるでしょうか?」
「あっはい……」

 子供のセリフだ。普通なら、笑い飛ばすところだ。だが、さっきから質問している言葉の回答から、
断ろうと思っても断れなかった。

 少し話をして、トリックの準備はドラえもんとのび太だけでやることにし、それまでは部屋の中は見せないという事になった。
ドラえもんは鍵を貸してもらう。
 又、集まった人たちは空いてる部屋を長崎に貸してもらってその中にいることにしたのだ。


 
 午後七時に『夏虫アパート』に事件の関係者が集まる前。そう、時間は午後六時三十分。場所は、銀行。

 おかしいぞ―― 唐沢は思った。まずは、遠藤が犯人じゃないという証拠を探そうと思ったのだ。
 そして、警察の力で銀行の遠藤の預金を調べた。そこには、驚きの結果があった。
 預金残高百万円。そこは大して驚きじゃない。もっと、他の所にそれはあったのだ。

 ピッキングをする程お金に困っていた。その様な情報が吉良から流れてきた。ピッキングの跡は今年の五月末頃らしい。

そして、不思議なことに、五月末〜六月初旬に何度も何度もやられた形跡があるという事だ。
 これは、同じ所に何度も入ろうとする程お金に困っていたと、唐沢は今まで思ってきていた。だが、おかしいのだ。
 その時、五月末〜六月初旬には。その期間の間の遠藤の預金は、五百万だ。一千万もあったのだ。

「四月には、一千万ある。多分、四月から麻薬を始めたんだ。だが、だが、そんなに遠藤は金に困っていない。これは、これは……」
 銀行に『来訪』した、唐沢という『来訪者』も一つの真実へとたどり着こうとしていた……


 
「できました」
 ドラえもんがインターホンを押してそう言うと、部屋の中から三人が現れた。
 部屋の前にはのび太がいることから、三人は中には誰もいないと理解した。

「じゃ、早くそのトリックをやってみてくれ」
「すでに終わっています」
「え?」

 恐る恐る、広瀬がドアノブを回した。開かない。鍵が、閉まっているのだ。間違いなく、鍵が、閉まっているのだ。
 あの時の再現。そう、死体発見の時を完全に再現しているのだ。三人の体は震えた。
「このままじゃ入れないので、裏の窓を開けておきました」

 ドラえもんがそう言うと、のび太はアパートの裏側に回り、ドアを開けた。そして、中を見せる。

「かっ鍵が……」
 部屋の中に、鍵は確かにあった。ベランダ側だった。真ん中には、人形とそれに刺さっているナイフがあった。

「ほっ本当に、密室トリックなのか?」
 辻の体が震えた。大男で、精神も座っている。その辻が、震えているのだ。
この光景に、そして事件を解決していくドラえもんとのび太という二人の存在に。

 ドラえもんは満足したかの様な笑顔を浮かべた。のび太もだ。
「それでは、次にそのトリックを見せたいと思います。使うのは、このメジャー!」

 ドラえもんは四次元ポケットからメジャーを取り出した。少し大きいが、巻き取れるもののようだ。
又、ドラえもんはこのトリックが何度もできるようにメジャーを道具でコピーしていた。

「これは、家具などを作る用なので、少し長いです」
 そして、ドラえもんとのび太はトリックのセットをし始めた。まず、床に釘を刺す。そして、そこにメジャーをかける。
それをそのまま、ドアの隙間に通すのだ。

「それでは、始めます。まずは、この鍵でドアを閉めます」
 ドラえもんは鍵を差し、ドアを閉める。そして、鍵をメジャーへ通し、角度を調節して鍵を部屋の中へと入れる。
 かなり時間をかけ、部屋の真ん中、人形あたりまで鍵を進ませた。

「次からです。次に、このメジャーをナイフで切ります」
 部屋の中で、そう、運動会の徒競走のゴールのテープを切るかのように、ドラえもんはメジャーを調節して切った。
そして、巻き取りボタンを押す。
 鍵が落ちる音が聞こえた。その時には、もう誰も喋っていなかった。メジャーを完全に巻き取り、もう一度窓から入ってドアを開く。

 そこには、さっきと同じように密室が出来上がっていた――
「これが、トリックです」


http://www.geocities.jp/monya0610/torixtuku.jpg 詳しい図 文矢さん作


「質問ですが、釘は? 残るんじゃないでしょうか」
 長崎がドラえもんに対してそう言う。そこはのび太が落ち着いて答えた。
「釘は、瞬間接着剤か何かでメジャーとくっつければ回収できます。できなかったとしても、死体に真っ先に近づいて回収できます」
「死体に……真っ先に……」

 辻がそう呟き、後ろを振り向いた。後ろにいる、人物に。この事件に関する、一番最初の『来訪者』に。

 はたから見れば其処は静かだった。だが、その場にいる人間にとってはそう感じられなかった。
地響きがしているようにも感じられ、壮大な効果音が流れているかのようにも感じられた。

「犯人は、あなたです」
 ドラえもんが静かにそう言い放ち、一人の人物を指差した。
「広瀬さん、あなたが、犯人でしょう?」

 その場を沈黙が包んだ。広瀬の頬に幾つもの汗が伝っていく。広瀬の体は震え、怯えている。
 辻は信じられないという顔で広瀬を見て、長崎は少し震えながら手で口を押さえた。
ドラえもんとのび太は、その様子を睨むようにして眺めていた。

「はっ犯人が僕だって? どういう証拠で? 君が言った事は、状況証拠といって、決定的ではない。そうだろ?」

 その沈黙を破り、広瀬が言い放った。彼の心の中は分かる。大丈夫だ、自分にはアリバイがある。
完璧な、考えに考えた、アリバイが。

「広瀬さん、あなた買い物をしましたよね。今日。買った物を言ってくれますか?」
 ドラえもんが言った。広瀬は少しびびった。何で、こいつがそんな事を知っているのか。そう思ったのだ。
広瀬は同時にこうも思った。だが、答えるしかない。

 のび太は心の中で思った。早く、認めるんだ。人を二人も殺したんだ。反省するんだ。

「買ったのは……木材と、メジャーですよ。それが何か?」
 メジャーという単語に遠藤と長崎は反応する。さっきのトリックがあったからだ。

「もう一つ。広瀬さん、あなた日曜大工好きですよね?」
「はい、好きですよ。何年も前からあります。僕の家にはたくさんの手作りの家具がありますよ。見せてあげたいぐらいです」
 ドラえもんとのび太はニヤリと笑った。

「じゃあ、何でメジャーなんて今さら買いに行ったんですか?」
「あ……」
「日曜大工にメジャーや物差しは必須品です。昔からやってるのなら、買う必要は無い筈です。
今から買いに行ったというのはメジャーが無くなった・壊れたということでしょう。そして、考えられるのは、
『あなたが犯人でメジャーを切った為に使えなくなり、買いに行った』これしかありませんよね?」

 広瀬の流す汗の量がさらに増えた。「しまった」と言いたげな顔だ。
 ドラえもんは「勝った」と確信していた。この事件の犯人に、黒幕に。『来訪者』に!

「でも、僕には第二の事件のアリバイがありますよ。刑事さん、そう隣さんが亡くなった時刻、
一時三十五分ぐらいには家にいました。これは、僕の家に聞き込みに行った刑事さんが証明してくれる筈です」

「そのアリバイが、崩れるとしたら?」
 その時、ドラえもんやのび太じゃない、第三の声が場に響いた。少し息は荒れていた。

 この場所に、最後に彼は来訪した。そう、彼は唐沢だった。
「唐沢さん!?」
 のび太が驚いてその姿を見た。唐沢は呼んでいなかった。いや、警察は呼ぶ気じゃなかったのだ。

「なんとなくこのアパートに行ってみようと思い立っただけなんだけどね。話は少し聞かせてもらったよ」
 広瀬の顔が青くなった。まさか、まさか――

「そ、そのアリバイを崩すにはどうすればいいのです? まさか瞬間移動でもしたかと? 証人として妻がいるんですよ?」
 慌てふためいた広瀬の声。だが、唐沢は冷静にポケットから二つの携帯電話を取り出した。
 そして、それをいじり始める。両方、ムービーの部分を開いた。唐沢は口を開く。

「隣さんと僕は、携帯電話で容疑者の家を撮るという習慣があります。これは、その時のムービーです。見て下さい」
 四人は、唐沢に近づいた。まずは、唐沢の携帯電話の方を見て、次に隣の方のを見た。

「これが、どうだっていうんだ?」
 辻が言う。唐沢は広瀬の方を睨みながら、ムービーについての説明をし始めた。広瀬のアリバイを崩す、重要な説明を。

「時計です。僕は隣さんが死んでしまった後に広瀬さんの家に行きました。そして、壁時計。僕が撮った広瀬さんの家はね、
時計が一分遅れてるんです」
「それが……どうかしたのか?」

 辻は少しマヌケっぽい面でそう言った。ドラえもんとのび太は「唐沢さんも気づいたのか」と思いながら言葉を聞く。
「隣さんが撮った方は、正確なんです」
「!」
 広瀬の顔色がさらに悪くなった。やってしまった、という顔だ。

「一日の間に時計が正確な時刻から一分遅れますか? 何で遅れているのか。理由は明確。
誰かが、時刻をいじったからです。何の為? それは……皆さん分かりますよね」

「時間をずらして、妻に目撃させたのか」
 辻が言う。唐沢は笑って、「その通りです」と言った。事件は、解明された。
「分かりましたか? 犯人は、広瀬さん。あなたです」

 ドラえもんはさっきよりもさらにハッキリとした、強い口調でそう言った。その場の誰しもが、納得していた。

「そ、それじゃあ、遠藤の部屋の中から財布類が発見されたのは何でだ? 警察の人から少し話を聞いたらそう言ってたぞ」
「あ……」
 ドラえもんは心の中で「しまったッ」と思った。その点については、完全に忘れていたのだ。
 やばい、これじゃあ崩される―― そう二人が思った瞬間だった。唐沢が、口を開いた。

「あなたがピッキングをしたからですよ」
「えっ!」
 のび太は思わず声を出して驚いてしまった。ピッキングをしたのは遠藤じゃないのか? 自分の隣の部屋に。
「遠藤の隣の部屋の住民が吐きましたよ。あなたがピッキングの練習を住民の部屋の錠でやっていたと。金を払っていたようですね」




「終わった……」

 沈黙の後、広瀬がそう呟いた。認めたのだ。全てを。
 唐沢は署へと連絡し、広瀬に手錠をかけた。広瀬はしばらく放心状態になっていた。
 パトカーのサイレンの音が朝の死体発見の時と同じように響いた―― あの時は、まだ隣は生きていた。
あの時はまだ、ドラえもんとのび太は決意をしていなかった。あの時はまだ、唐沢はただの普通の刑事だった。
 全ては朝とは変わっていた。確かに、変わっていたのだ。

 そして、パトカーへと連行していく時、広瀬は呟いた。
「唐沢さん、俺は満足したよ。妹を殺した奴を、俺の手で殺せたからな」

「妹を……殺した?」
 パトランプのチカチカとした赤い光が、場を包んだ。まるで、誰かが流した血の涙の様に。

「いや、何でも無いです」
 広瀬はそう呟くと、事情聴取の時まで何も、一言も喋らなかった。




 一人の『来訪者』の静かなる殺人は、四人の真実を求める『来訪者』によって、終焉を迎えた。
 そして、復讐を遂げた『来訪者』はその復讐の動機を胸に秘めたまま、何も語らずに去っていった――





    『来訪者』完





 

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