怪談(かいだん)

けめ吉さん

 

 ろうそくを百本立てて百物語をしたら化け物が出るとか、七不思議の最後の一つを知ってしまったら死ぬとか。

怪談にまつわるいろんな噂はどこにでもあるものだ。

 ただ、そういったことは果たして本当に起こるのか。
 それは、どんなに考えても実行しなければ分らないことであり、どんなに頭で考えても無駄なのである。
 だが、もしも実行した者がいたとしたら?
 そして本当に噂にあるようなことが起こったら?
 結局同じである。
 本当に噂を試したのか。本当にそういったことが起こったのか。
 それを確かめるためには、また同じことを繰り返さなければならない。
 そう、噂は噂でしかなくそれ以上でもそれ以下でもない。本当ならあの噂もそう言って片付けられるられる類に入っていたのだ。

 

 僕たちが、『実行』しなければ。

 

 

 今年の夏は暑かった。

 人々は、特に学校で出た宿題以外やることがない小学生たちは、少しでも涼しむ方法を探して、毎日思考を巡らせていた。

 のび太もその一人であった。

 スポーツ万能とはあまり言えない体系。顔にかけたメガネは秀才っぽい雰囲気を出すどころか、

貧弱っぽい雰囲気をかわりに出してしまっている。

「ちょ、ドラえもんそこのうちわとって」

 のび太は寝ころびながら横にいるドラえもんに言った。

「それ何回目だと思ってるんだよ。9回目だぞ。何回言わせるんだ。いいか、もう一回言うぞ、僕は動きたくない!」

 そういって、のび太に背を向けて寝転がってしまったドラえもんはしばらく何も言わなかった。

 が、ピンポーンとインターホンの音がしたかと思うと二人は我先にと、玄関へ直行した。

 暑さを紛らわせるためには、何かをしないとだめなのだ。 それはゲームであったり、読書であったり。

 だが、二人はそのどちらもやりこんでしまっていて飽きていたのである。

 

「よっ!」
 ドアを開けた先でそう言って手を挙げたのはジャイアンだった。

 他にも、スネ夫と静香がいる。

「野球だったら絶対しないからね」 のび太が呟いた。

「違う違う、お前らどうせ暇だろ?ちょっと相談があるんだ」 ジャイアンがわくわくしながら(のび太にはそう見えた)言った。

「相談?」

 ドラえもんが聞き返す。相談といえばたいていドラえもんに道具を貸してほしいとか、どこかに連れて行ってほしいとかなので、
今回もそういう類だろうと思いながらも一応聞き返した。
 が、それは間違いだった。ドラえもんが想像したような相談ではなかった。

 後にこの相談から自分たちが恐ろしい目にあうなんて誰もまだ気づくはずもなかった。

 

計画

「あのな。お前今流行りの噂を知ってるか?」

 ジャイアンがのび太、そしてドラえもんへと視線を滑らせながら問いかけた。

「噂?」
 二人は同時に聞き返した。

「そう、噂だ」
 ジャイアンは何やらもったいぶっている。噂とは何なのか当ててほしいのだろう。

「また、○ー娘の元メンバーができちゃった婚?」
 ドラえもんがジャイアンに言う。

 ジャイアンは、んなわけねぇだろと、言いながらのび太のほうに視線をうつした。
「分かるか?」

 ジャイアンが短く問う。

「もしかして…あの学校の?」 のび太はだいたいの見当が付いていた。

 のび太は心の中でジャイアンが否定してくれることを願っていた。
 のび太の思う事が当たっていたならそれはのび太にとって良くない方向へと向かう。

 だが、そんなのび太の気持ちを知ってか知らずかジャイアンはあっさりといった。

「そう、知ってるんじゃん」
 そう、軽く答えるとジャイアンは一歩下がり、代わりにスネ夫が出てきた。

「だったら、話は簡単だ。今夜それを実行する。空き地に集…」
 そう言いかけてスネ夫は言葉を止めた。

 何か視線を感じる。
 冷汗が頬を伝い流れ落ちた。



 が、その視線が何なのかすぐに分かった。

 ドラえもんだ。

「おいコラ。てめ、僕がいること忘れてるんじゃね?」

 ドラえもんはスネ夫を睨みつけながら言った。

「ぼかぁね、君たちみたいな幼稚で糞みたいな噂なんて興味ないんだよ。だから、そんな噂知らない。
ちゃんと周りの状況読んでから話そうぜ?なぁ」

 ドラえもんが力をこめてスネ夫の肩に手を置いた。 のび太はスネ夫の足元がかすかに沈んだのを見た。

 かなり力を込めているな。そう思いながらのび太はスネ夫に視線を戻した。

 半ば顔が引きつって見える。

「おk。話すから。それ以上力こめたら、沈むから」

 スネ夫は詳しくその噂を話し始めた。
「まぁ、ありがちな怪談話だよ」

 そう前置きを言い、語り始めるスネ夫の顔はジャイアンと同じように
わくわくしているように見える。

 

 それはね、まぁ百物語みたいなものなんだよ。 学校の階段にね、ろうそくを66本立てるんだ。 参加者は六人。
 そして、その六人で怪談話を語りをろうそくを消していく。

 ね、あまり変わらないだろ?

 でも、決定的に違うことが一つあるんだ。 11本消すごとに、血で11本目のろうそくを赤く塗るんだ。 もちろん、人間の血で。
 血を塗る人は、11本目を語った人。

 そして最後の一本は語り終える前に参加者全員で血を塗る。
 そうすると、最後の一本を消した時に真っ暗な中で血を塗ったろうそくが赤く光るんだ。

 その赤く光るろうそくを六人で一本ずつ持ち屋上に行く。 そして、屋上の四つの隅にろうそくを立てる。次に真ん中に二本。
 そうするとなにか恐ろしいことが起こる。
 何かはわからないんだけど…

 

 スネ夫はそう語り終えた。

「すげぇありがちだなwww」
ドラえもんが呟いた。

 のび太は絶対実行する気だな、と思わずにはいられなかった。

 事実、このあと三時間後に出木杉をプラスした6人が空き地に集まっていた。

 

集合

「やべぇwろうそく足りねぇwww」

 そう、半ば嬉しそうに叫んだのはのび太だった。

「しょうがないよなぁwwwろうそく足りないんじゃwwwwww」

 ニヤニヤと気持ちの悪い顔をしながら一応家にあった6本のろうそくを持って空き地に出かけた。

一応は持っていかないと何か言われそうだったからだ。

 だが、運命は変わらない。

 空き地に集まったときすでに11時。

 夏と言うことでこんな時間に外出できたのが少し嬉しい。 が、そんな気持ちものび太がろうそくが6本しかなかったと伝えたときの

ジャイアンの一言のせいで吹っ飛んだ。

「実は、怪談話をしなくちゃいけないってのはウソなんだ。面白くしようと思ったからな。

作り話さ。血を塗って屋上に…ってのは本当だが。6本でちょうど足りる」

 涙を流しながらのび太は学校に向かった。

 このときから、のび太は少し静香に言葉では言い表せないもやもやした気持ちを抱いていた。

(そういえば、静香ちゃん一度もしゃべってない…)

 

実行

 のび太の思い過ごしだった。 静香ちゃんは喉の調子が悪かったそうだ。

 ドラえもんのあげたのど飴のおかげで普通に声が出せるようになっている。

(静香ちゃん変だなぁ…とか思ってたけど、なんだ普通じゃん) のび太はそう心の中で呟き、これから始まることについて考えた。

(本当に起こるんだろうか)
 とか
(何が起こるんだろうか)
 とか。

 それを確かめるために実行するんだとわかっていても考えてしまう。
 みんな同じだった。


 学校に着いた。

 こんな時間に学校に入って良いわけないので、校門をよじ登る。 スカートをはいている静香は一番最後だった。

「さぁ、着いた。これからすぐに屋上に行ってぱっと終わらせてしまうか、何か面白いことをしてから屋上に行くか。どっちでもいいぞ」

 ジャイアンが誰かに聞くわけでもなく独り言のように言った。
「すぐに屋上に行ったほうがいいと思うな」
 出木杉が口を開いた。

 あまり乗り気ではなかった出来杉は早く終わらせたいようだ。

「別に異議なし」

 ドラえもんも言う。
 結局すぐに屋上に行くことになった。

 が、肝心な事を忘れていた。

「校舎の中にどうやって入るの…?」
 スネ夫がジャイアンに聞いた。

「あ」

 考えていなかった…
 が…
「大丈夫よ。裏庭の窓が開いてるはずよ」

 静香ちゃんが言った。

 みんな、へ?という顔をしたが静香ちゃんが黙って裏庭に向かったのでそれに従うしかなかった。

 確かに窓は開いていた。

「今日ね、私補習を受けに来たの。そのときに開けといたの」

 なるほど。

 みんなそう呟きながら誰ともなしに校舎に入っていった。

 屋上に続く階段は一つ。 南階段のみ。 それは窓のすぐそばにあった。

 みんな横に並んで上っていく。

 ドラえもんは体がでかいと言う理由で後ろからついて来いとジャイアンに言われた。

 おかげで、ドラえもんの「くそ眼鏡」とか「マンネリ野郎」という悪態に一人耐えなければならなかった。

 言ったのはジャイアンなのに…

 そう思ってるうちの屋上に着いた。

 屋上は常時開放になっている。

 ジャイアンがドアノブに手をかけた。

 

 屋上は意外に明るかった。 電灯がついている。

 今まで気づかなかったな。

 そんなことを思いながら、のび太は皆にろうそくを配る。

「これに血を塗るのか…」

 ジャイアンが誰ともなしに言った。 結構な量の血がいりそうだ。 が、ドラえもんが秘密道具を出してくれた。

「献血セット〜!」

 痛みも感じなくちゃんと量も調節してくれる便利な道具だそうだ。

 みんな血を抜いていく。

 のび太もそれに習った。
 だが…

「ちょ、なんか血がどんどん溜まってくんだけど…」

 見れば一リットル入る袋にどんどん血が溜まっていく。

「ああ、調節機能が壊れてるね。このままじゃ死ぬねぇ」

 ドラえもんがさらりといった。

「いやぁっぁkskxdchjc!!!1」

 のび太は奇声を発しながら、針を引き抜いた。

「ウソだよ。その程度じゃ死なないって、少分」

「少分ってなに!多分より確率低いってこと!?」

 どうやって血を体内に戻せばいいのか考えていると、皆がはやく塗れよとせかすので仕方なしに塗った。

「半分以上あまってるんですが…」

 そんな言葉も無視され、それぞれがろうそくをおいていく。

 すべてしかるべき場所におかれた。
「あとは待つだけだね」
 出木杉が誰ともなしに言った。




  




 どれぐらい経っただろうか。
 目の端に何か白いものが映った気がする。
 なんだろうと思いながら、フェンスの方を向いた。
 そしてのび太は声にならない叫びをあげた。

手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手
手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手

 手である。

 真っ白な手。

 うごめく手。

 何百という手。

 思わず吐いてしまった。

 その音で今までおしゃべりしていた皆ものび太の方を向き絶句した。

「ウソ…」
 と静香。
「ひぃぃぃ…」
 と出来杉。
「…………」
 とジャイアン。
「ママーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
 とスネ夫。
「そんな…何これ…」
 とドラえもん。

 

 みんな反応はそれぞれであるが、誰一人として動けるものは無かった。
 
 
 
 また何分か経った。 みんな分かっていた。 徐々に近づいてきている。 一番近い位置にいるのはのび太。

 もはや、数十センチの距離である。
 だが、動けない。
 さっきまで付いていた電灯も消えている。
  



 噂は本当だった。

 

脱出

 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい!!!!!!!

 2+6は?
 やばい!!!
 6÷3は?
 やばい!!!!!!

 それぐらいのび太は動揺していたし、他のみんなもなんかやばいぐらいやばいと思っていた。
 もう頭の中はやばいのオンパレード。
 やばいって文字が脳みその上でサンバ踊ってる感じ。

 だが、こんなやばすぎるぐらいやばい状況の中で初めに行動を起こしたのは意外にものび太だった。
 だんだんと後ずさっていくのび太。
 それに習うみんな。 あの目の前にある手が無ければ気味が悪い光景である。

 ふいにジャイアンが立ち上がりドアの方向に向かっていく。
 それを見たみんなはドラえもん、出来杉、スネ夫、静香、そしてのび太という順にドアにダッシュ。

 だが、それがいけなかった。
 その行動に刺激されたのか、手の群れもまた動きを早めた。

「ジャイアン早くー!」
 のび太が叫ぶ。
 ジャイアンがドアを開けた。
 全員がなだれ込む。

 のび太が今まで生きてきた中で一番の俊敏さでドアを閉めた。
 

 長い長い沈黙。

 そして、出来杉が「帰ろうよ」と呟くまでの数分間。
 この数分間が鍵だった。
 
 ドン!!

 全員が振り返る。
 手のひらの形に穴が開いている。

「降りろ!」

 誰の声なのか、裏返っていて分からなかったが言われなくてもすでに動いていた。
 さっきと同じ順で全員降りていく。 静香なんか、スカートなのに気にせず、何段も飛ばしながら降りていった。

 というか、降りると言うか落ちるって感じ。 先頭のジャイアンにみんなはついていく。

 一階に降り、入ってきた窓には目もくれず北側の昇降口に自転車の速さを軽く超えるスピードでダッシュ。

「憑いてくる!いろんな意味で「憑」いてくる!」
 のび太が叫ぶ。

 正反対に昇降口はあるので必死で走る。 昇降口が見える。 もうここでラストスパート。 のび太はジャイアンのすぐ隣についた。

 見れば他のみんなも…
 ジャイアンが傘たてをとっさにつかみ昇降口を思いっきり殴る。

 派手な音を立て、ガラスが割れる。
 出来た穴からみんな這い出す。

 またまた、ありえないスピードで校門までダッシュし、横並びに校門をよじ登った。



 道路に降り立ってから数分。
 みんな、一言も喋らずにそれぞれの帰路についた。
 気づいてはいけない。
 絶対に意識してはいけない。

 

 出木杉がいないことに。

 

 さまざまな思惑を抱きながら帰宅。

 だが、帰宅してまもなく、ジャイアンがスネ夫の家にて話し合おうと電話をかけてきた。

 やはり言い出したのは自分なので責任を感じているのだろうか。 どこと無く元気がない。
 のび太達以外に今日のことは誰も知らない。
 誰かに言うべきなのか。

 だが、まずは出来杉のことを話し合うことが先だと。 ジャイアンはそういって電話を切った。
 どこでもドアですぐさまスネ夫の家へ。

 まだ誰も着てない様子なので、ドアで迎えに行く。
 すぐに全員は集まった。

 スネ夫の家に集まった理由は、家が大きいため誰かに話し声を聞かれると言うこともないだろうという考えからである、
とジャイアンが言った。

「まず、と言っても話し合うことはこれだけなんだが…」
 そういってジャイアンが切り出した。
「俺達はあの時何が起こったのかを知り出来杉がどうなったのかを、そしてこれからどうするかを考えなけらばならない」
 普段とは違う緊張した喋り方。

「ドラえもん、タイムテレビであのときの事を見れるか?」
 ドラえもんは、無言で頷きポケットを探る。

 誰も喋らない。
 テレビを出すまでに数秒間。
 何時間にも感じられた。
 そして、ドラえもんが、ポケットから薄いテレビを取り出した。

「どこ辺りから見ればいいかな…」
 ドラえもんが呟く。
「最初から全部よ。全部」
 静香もまた呟く。
 スネ夫はというと俯きながら泣いている。

 のび太も泣きたい気分だったが泣かなかった。
 別に堪えているわけでもないのに。
 ドラえもんがタイマーをセットし、映像が映り始めた。
 

 それから、屋上に行きろうそくを立てるまでは何も無かった。
 その後が問題だった。
 確かにのび太は手の群れを見たし、みんなも見たはずだ。
 だが、テレビには…

「何で何も移ってないんだよ…」
 そう、のび太が最初に手を見て吐いた、あのときから、最後の脱出まで、手など一本も移ってないのだ。

 全員が驚愕した。

「確かに…いたはずだ…」
 スネ夫が呟いた。
 さすがに泣いていなかったがまたこのことで泣き出しそうだ。

「手の群れ…みんなも見たよね」
 当然みんなが頷くと思っていた。 だが、みんなきょとんとした顔でのび太を見ている。

「何言ってんだよ。手じゃなくて足首だろ」
 最初に顔を元に戻し言葉を発したのはジャイアンだった。

「へ?目だよ」
「いえ、手足がない胴体が転がってきたわ」
「口が、大きな口が僕を食べようとして…」

 ばらばらである。
 何かがおかしい。
 テレビには映っていない。
 見ているものはばらばら。

「ちょっと待ってよ。おかしいよ、みんな見ていたものが違うなんて」
 ドラえもんが叫ぶ。
「ドラえもんは目が転がってくるのを見た。静香ちゃんは胴体。スネ夫は口。ジャイアンは足首。僕は手」
 のび太がまとめた。
「人間の体の一部か…」
 ジャイアンが呟く。
「だったら出来杉は…」
 今はこれ以上のことは分からない。

 出来杉を探しに行くにしても、暗いうちは行きたくないとみんなの顔が語っていた。
 取り敢えず、出来杉の家に今日はスネ夫の家に泊まるとウソを伝え、一旦スネ夫の部屋で眠ることにした。

 時間は1時前。
 学校ではわずか40分ほどしかいなかったらしい。
 のび太達は5時ごろに学校に行くことに決めた。

 

騒がしい。

 サイレン…?

 眠そうに目をこすりながら起きたのび太は、一瞬自分がどんな状況下に置かれているかを理解できなかった。
 だが、すぐに、昨夜のことを思い出した。

 時刻は四時。
 外はほんのり明るい。
 サイレンが鳴り響く。 パトカー?

 のび太は周りを見渡した。
 他のみんなも起きている。

「何かあったのかな…?」
 ドラえもんが呟いた。
「関係ない。学校に行くぞ」
 無愛想に言い返したジャイアンはのび太が起きたのを確認してすぐに立ち上がった。

 部屋のドアをそっと明け玄関まで足音を立てずに行く。 玄関を出るとみんなすぐに走り出した。

 なるべく早く行ったほうがいいだろう。
 仮に出木杉が、どこかに隠れて一夜を過ごしたのなら精神状態は限界に近いはずだろう。
 と、ドラえもんが呟いた。
 
 五分も走らないうちに、学校についた。 そして同時にさっきのパトカーの目的地も分かった。

 学校だったのだ。
 近所の人も何人かいる。

「何が…あったんですか?」
 スネ夫が聞いた。

「それがねぇ、昨日の夜中から子供の狂ったような笑い声や叫び声が聞こえてねぇ…
最初は幽霊かと思ったんだけど、屋上の方に小さい人影があってね…そのうち黙るだろうと思ったんだけど、
なかなか黙らないから、自分では何とかできないし、警察に電話した…どこに行くんだい!!!」

 みんな、その話を聞いて真っ青になりながら学校へ直行した。
 警察の張ったKEEPOUTのテープを無視し、校舎内へ。

「待つんだ!君たち!」
 警察官の人が怒鳴ったが、聞いちゃいなかった。 昇降口は開いていたが一箇所ガラスが割れている。

 昨夜のことは本当だったんだと裏付けられた。
 階段を駆け上り、屋上のドアの前に到着。 息をつくまもなくドアをあけ屋上になだれ込んだ。
 


 そこには、大勢の警察官。
 そして、泣きながら何かを言い暴れまわっている出木杉がいた。

「………」

 全員言葉を発せられなかった。 知っている出木杉じゃない。

 こんな出木杉ありえない…
 みんながそう思った。

「来ル!来ル!僕が…あイツが!来るンダ!ハナせ!!」
 出来杉は狂ったように…いや実際に狂ってしまったんだろう。

 叫びながら歯をむき出しにし何かを追い払うように手を振り回す。

 ドラえもんがポケットから何かを取り出し、出来杉に近づいてそれを口に入れた。

 一瞬。
 出木杉はおとなしくなり、顔も普通に戻った。 多少だらんとしていたが…

「本来は麻薬を使った人に使う薬なんだけど…」
 ドラえもんはそういいながら笑顔を作った。

 一件落着か…

 謎は残ったけど。
 でも、もう安心だ。

 出木杉は元に戻ったらしいし。
 その後警察の人にいろいろ聞かれたが正直の答えた。 警察の人も、表沙汰にはしないらしい。
 すべて終わった。

 

 謎は残ったけど。
 謎は残ったけど。
 謎は残ったけど。
 謎は残ったけど。
 謎は残ったけど。
 謎は残ったけど。
 謎は残ったけど。

 

 

あれから15年。

 のび太たちも社会に出た。

 予定通り、と言えばいいのだろうか。
 のび太は静香と結婚。

 あの事件がきっかけで変わったことがあるとすれば出木杉の人生だろう。
 出木杉はあの日以来なんとなくのび太やドラえもんたちと一緒に行動するようになり、
 有名な私立中学、高校を受けるはずだったのに、のび太達と一緒の中学、そして高校へと進んだ。

 さすがに大学はみんな一緒というわけにはいかず、ばらばらになったが。
 だが、だからと言って平凡なサラリーマンになったわけではなく、科学者として人生を歩んでいるそうだ。

 ただ、頭は良くても少なからず中学や高校をどのように進んだかで評価は変わる。
 そういった意味では少しだけだが人生が変わったといっても良いだろう。

 そして、話は戻る。

 15年の歳月を経て、6人みんなで集まろうと言うことになった。
 ドラえもんはのび太の面倒を見るのを、中学卒業とともに終了したが、今でも時々会いに来るらしい。
 夏休みのお盆ならみんなの予定があうという事で、この日6人はスネ夫の家で集まった。

「懐かしいねぇ…」
 そう感慨深そうに言ったのはのび太である。

「ホント、みんな集まるのはのび太の結婚以来だよね」
 スネ夫が言う。

「のび太が結婚したのが3年前だし…」
 ジャイアンもしみじみとした口調で言った。

「でも、剛田くんとはこの前会ったね」
 そういったのは出木杉である。

「あぁ、駅でな。ハンバーガーの袋もってたな、お前」
 そう切り返すジャイアンに苦笑いをしてみせる出木杉。

 他愛のない会話が何時間も続いた。
 


 そして、出木杉が一言。



「あの学校の事件を覚えてるかい?」
 みんなが頷いた。

「そろそろ、あのときの謎を究明しようよ」
 出木杉が続けた。
 今までは、出木杉のためを思ってこの話題をタブーにしていた。

 どんなに調べたいと言う欲求に駆られても、我慢した。
 その我慢がいっせいに解き放たれる。

「うん!!!」
 そうみんなが頷いた。

「あれから、僕はいくつかの仮説を立てたんだ。その中から一番もっともらしいものを発表する。
みんなの意見を聞かせて欲しい。いいかな?」

 出木杉が、そういって立ち上がった。
「あ、でもその前にさ。ドラえもんから聞いたんだけどみんなあの時見たものが違うんだってね。それを教えて欲しい。
僕が見たものは先に言うけど…」

 そういってみんなを見回した。
 そういえば、出木杉が見たものをみんな知らない。

「生首。僕の顔の」

 

 気軽に言ったつもりらしいが結構きた。 次に他のみんなが見たものをそれぞれ出木杉にいった。
 15年たった今でもよく覚えている。
「体の一部ってのは関係ないと思うよ」
 そういって出木杉は仮説を語り始めた。
 

 あれは一種の幻覚だったんじゃないかと思う。
 というよりこれには確信がある。
 なぜかというとね、僕は片っ端から儀式などが載っている本を読み漁ったんだよ。
 確かにあったよ。

 血を塗ったろうそくを特定の位置に置くって言う儀式。
 あれは、想像を幻覚として見せる儀式なんだよ。
 昔、拷問なんかに使われたらしい。 まず、拷問を受ける人にひたすらに見せたい幻覚の絵などを見せ続けたりする。

 そして、その絵が完全に脳に刷り込まれたと分かったら…

 儀式開始だよ。 地獄だったと思うよ。

 絵と、実際に周りに現れるのは違うからね。 で、僕達が何であんなものを見たのかというとね。
 まず、僕達はあの場で何か起こることを少なからず期待していたし、それが怖いものであるようにとも期待していた。

 後は簡単だよ。
 自分達の一番怖いものが見えたってわけさ。 で、あの時僕が何で屋上に居て狂っていたかって話だけど。

 最初は、生首の顔が見えなかったんだ。

 逃げるのに必死だったからね。 で、気になってチラッと見たんだ。 で自分の顔って分かって発狂。
 何故か、屋上に戻ったらしい。

 

「…まぁこんな感じかな」
 そういって出木杉は座った。

 一同拍手。

 いや、のび太だけが黙ったまま俯いている。

「何か、おかしいかな…」
出木杉が心配そうにのび太に言った。

「いや、素晴らしいよ。でも一つ分からないんだ。幻覚ってことは実体がいないよね」
「うん。そうだね」
「僕ね、あの日途中で一回手につかまれたんだ。足首を。実体が無かったらつかめないはずでしょ?」

「気のせいだったんじゃないの?」
 ドラえもんが言った。」

「ううん。見て…」
 そう言ってのび太はジーパンの裾をあげた。

 そこには…

 くっきりと手の形のあざが。



 あ の と き の こ と を 思 い だ す と 何 故 か 出 て く る ん だ 。
 も う 慣 れ た け ど ね。

 そういいながらのび太は笑った。

 

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