互換

じおす 作

 

 朝はよく眠れない。昼はよく眠れる。夜はずっと起きてる。そんな生活を、僕はもう何度続けてきただろうか……
 一時は、スポーツ射撃とかで得意になってた時期もあった。けど、ムリだった。

僕よりうまい奴なんて、いくらでもいたんだ。残る特技は、昼寝だけだ。

 

 僕は、本物のダメ人間となってしまった。

「甘えるなああああああああ!! 貴様それでも軍人か? ええ?」

 青いネコ型ロボットドラえもんが吼えた。もう、慣れてるよドラえもん。そんなことは。

「知るか、君の考えている事なんて。どうせ、静香ちゃんのことだろう。そうなんでしょ?」

 違うよ、ドラえもん。もう、僕は静香ちゃんと顔が合わせられないんだ。だって僕……『出木杉』なんだから。出木杉英才。

「やれやれ……本当に、何も覚えてないの? あの日何があったか」
ドラえもんは、ツルツルの頭を、丸っこい手でなでていた。

 2年前、朝起きると僕は出木杉英才になっていた。意味が分からなかった。
その時ちょうど僕は静香ちゃんと婚約したばかりで――結納も済ませていた。
料亭の階段のところで、慣れない着物なんか着ちゃって転んだ事を覚えている。
 静香ちゃんが笑っていた。 ――その翌日だよ。

こんな人格が入れ替わるとか、そういう話は何度も聞いた事があるけれど。
男女とか、そう例えば――静香ちゃんとと入れ替わったらどんなに良かったことだろう。
 しかし、人生はそんなに甘くなかった。

「つまり、さ……どうして君が何も言わないのかって事!それが聞きたいんだよ」
「うん、悪い悪い。だっていきなりドラえもんが僕の前に現れるんだもん、びっくりしちゃった」
 ドラえもんは、また再び頭をかいた。
「ああ、5年は帰れないって言ったからね。悪い悪い……ってそういうことじゃないだろうに」
「うん、ごめんね。でもさあドラえもんが突然帰ってくるんだから驚いたよホントに」

 その日の昼は今年の夏の最高気温を迎えていた。眠さも吹き飛ばすような熱風に、日射光。
人々は影で休んだり、冷房のきいたデパートなどで避暑を余儀なくされた。

 無論、のび太――ではなく、出木杉の体ののび太の部屋も暑かった。冷房なんてない。
汗はじっとりとかいている。暑さに弱いドラえもんは、ゆっくりと座った。

「ここに来たら、まず君と静香ちゃんの結婚が心配だからね、出木杉くんの所へ行ってみたんだ。
 そしたら――出木杉くんは、君だなんて。だとしたら、今結婚してる方が出木杉くんってこと?」
「ああ、まあね。でも大丈夫だよ。どうせすぐ寝るし」

 この時、ドラえもんがそのままのび太を寝かせていたら、事態はそのまま好転しなかっただろう。
しかし、このときドラえもんは行動に出た。

「じゃあ、今すぐ出木杉くん――のところに行こうよ」

「……でもさあ、もしこれで僕と出木杉が戻ったら、出木杉は一人になっちゃうよ」

 

 

 僕が出木杉と気づいた時、真っ先にその出木杉である――野比のび太に連絡した。
すると、のび太は静かに言った。
『とにかく、落ち着いて考えてみよう――』
それから、色々な方法を試した。映画のように階段から落ちたり、病院に行ったり。変な食べ物を食べたり。

しかし、ただ怪我をしたり、医者に厄介払いされたり、嘔吐を繰り返すだけで、何も得られなかった。

 のび太である出木杉は普通どおり静香と暮らし、のび太である出木杉は、大学の研究室でわけのわからない論文の取材をしていた。
半年経った頃、ついに出木杉が言った。
『ごめん、ぼくには分からないよ。どうしてこうなったのか』
 出木杉の謝罪の後、僕達はこれからのことについて話し合った。結果、静香にも周りの人には話さないことになった。

 お互いのためにも。


 ドラえもんは、少し下にうつむきかけたが――また顔を元に戻した。
「しょうがないさ、だからって君が不幸になっちゃあ世の中おかしいってもんさ。 とにかく、僕も色々やってみるよ」

 ドラえもんは、僕の手を引っ張って、僕である出木杉英才の家へ向かった。

 

 

 そこだけは譲れなかった。
どんなに馬鹿にされたって、そこだけは。アイスクリームがジャイアンに強奪されても、
スネ夫の度が過ぎる意地悪に神経を尖らせても――静香ちゃんとの関係。
 幼馴染とかそういうわけじゃない。静香ちゃんは、小学一年生の時に転校してきたんだ。

そうだった、僕が最初に給食を盛大にこぼして、クラス一斉で『い〜けないんだ、いけないんだ〜』という周囲のクラスメートの
バッシングの最中、僕をかばってくれたのが静香ちゃんだった。
「見てるなら、手伝ってよ!」

 このことがあってから、僕は静香ちゃんと一緒に行動することが多くなっていた。
ジャイアンとスネ夫がサッカーに誘っても、静香ちゃんの家へ行こうとしていたほどだった
(しかし、すぐに2人に捕まり無理矢理グラウンドに連れて行かれた)。

この時、僕の心の中では静香ちゃんが好きになっていたんだ。
 2年生になっても、3年生になっても、関係は変わらなかった。その間に、ジャイアンとスネ夫とも仲良くなったのは驚いた。

 4年生の新学期。校庭のソメイヨシノが暖かい春風とともに舞っていた。
そして、のび太の人生に暗雲がさしたのもこの時期だった。3年の最後のテストで人生初の0点を取り、ママに怒られた。
今までずっと褒めてくれたのに。なのに、急にママは変わった。
ママがそんな風に変わったのは自分のせいだと気づいていたのかもしれない。
 しかし、もう静香ちゃんとの学力の差はあまりにも歴然としていた。

静香ちゃんとは、勉強するしかコミュニケーションが取れないようになった。
 4年生の教室で、先生がにこやかに言った。
「みなさん、おはようございます……」
この後のことは、はっきりと覚えていない。この後の出来事が、あまりにも衝撃的だったから。
 突如、教室の木製のドアがガラリと、横に開いた。

「できすぎひでとしです。よろしくお願いします」

 その日から、なぜか静香ちゃんは自分より出来の悪い僕ではなく、出来のいい、というか――
人間として申し分の無い完璧人間の出木杉と行動するようになった。

 静香ちゃんは時々僕と話を合わせたりもしたけれど、その時の顔はこころなしか、本当に心あらずに喋っていた。
僕の一発ギャグにも笑ったけれど、目が笑っていなかった。

「あ、ムリして笑わなくてもいいよ!」

そう言うと、静香ちゃんはおもむろに席を立ち、「トイレタイム」を要求した。 なあんだ、トイレか。 
しかし、休み時間が終わるまで静香ちゃんは教室に戻ってこなかった。
 後でジャイアンが、『2人とも図書館に居た』と聞かされた。

僕は、静香ちゃんの変わって行く行動よりも先に、出木杉を恨むようになっていた。
出木杉は、何もしていない。でも、コイツを恨まずにはいられなかった。
全て、こうなったのも、クラス中から無視されるようになったのも、全てふがいない自分のせいだと知っていた。
知っていたから、動かなかった。動けなかった。

 そんなとき――ドラえもんが来てくれた。

ドラえもんの同居のおかげで、イジメはなくなりはしなかったものの、生きる希望は湧いてきた。
どんなに困難でくじけそうでも、愛することさ、必ず最後に愛は勝つ。 どこかで聞いた事のある言葉だ。
正月の歌番組で聞いたような気もする。

年も明け、5年生になった。それでも、静香ちゃんは出木杉との付き合いを辞めなかった。

ドラえもんが言った。
「のび太くん、君は静香ちゃんと――」





結婚した。 あれほどまで酷かった子ども時代。しかし、僕は見事に静香ちゃんと結婚した。

 ウソだ。結婚なんかしちゃいない。結婚する前に、直前に、なぜか僕は『出木杉英才』になった。

まるで映画のように、入れ替わっていた。体は、出木杉のものなのに、心は違う。奇妙な現象だった。

 息を切らせて、出木杉――じゃなくて僕の家へと急いだ。僕が居るのは、出木杉の一人暮らしのマンションだったから。
「……出木杉!……じゃなくて、のび太くん、出てきてくれ、君に話があるんだ!」

 僕の家。相変わらず古臭い三角屋根の家。今まで普通と思っていたものが逆転した。恐ろしい世界。
『ガチャッ』
 のび太が出てきた。僕とは引きかえに――笑顔だった。満面の笑み、という奴だろうか?
「やあのび太くん。気分はどうだい?」

一瞬、僕はコイツが何を言っているのか分からなかった。しかも、のび太。僕を知っている!入れ替わった事に気づいている……。
「気分?最悪に決まってるじゃないか!……もしかして、君の仕業なのかい?」
「……さすがの僕にも、こんな人と人の人格を互換することはできないよ・・・・・・」
さらりと答えた。もっと取り乱しているのかと思ったけど。

「……僕達はこれから、どうすればいいの? 僕、一週間後には静香ちゃんと結婚式があるんだよ!」

 その時だった。出木杉である――野比のび太の表情が変わったのは。
「……しょうがないよ、代わりに僕が君として出る事にするよ。 なあに、失敗なんかしないさ。
 君と静香ちゃんの晴れ舞台だからね。 ぶち壊したりなんかしないよ、大丈夫――
 僕は、とにかくこのことについて精一杯の努力をしてみるよ。
 だから、君は出木杉英才として、とにかく今は頑張ってみてくれないか?」

 ふざけるな!ぶざけるなふざけるな! 何でいつもこうなんだよ?
出木杉、お前はいつも僕から幸せを奪っていく! 何もかも、そして――静香ちゃんまでも!
 分かったぞ、これは全て君の仕業なんだろ? そうなんだろう、僕に嫉妬して、静香ちゃんと僕が結婚するのがいやだったんだろう?
ならいっそ、お前がのび太になって幸せな結婚生活を送るだって? ずうずうしいにも程があるよ!

「静香ちゃんに……このことはくれぐれも……」
 出木杉の言葉は最後まで聞えなかった。いや、聞かなかった。僕はたまらず、拳が前に出ていた。
さすがに出木杉の体だ、動きやすい。よく鍛えてるんだね。まさか、自分の腕で殴られるなんてね、出木杉。ざまあみろ!
 僕は夢中で、僕を抑えようとする出木杉であるのび太を殴り続けた。 音を聞いて、家の中からママが出てきた。

「きゃあああああああああああ!!のびちゃああぁん!」



もう、会えないと思ってた。出木杉は、とっくに静香ちゃんと結婚して、キスして……。
 まさか、もうノビスケまで居る? いや、でもそんなことは――信じたくない。

「のび太くん、ここが……」
青いネコ型ロボット、ドラえもんが僕を心配するような目つきで見ていた。
「気分でも悪いの? 顔が青いけど」
僕は、寝不足でフラフラの頭にまとわりつく長髪をかきむしった。

既に、目の前に悪魔の塔がにょきっと伸びていた。

「ここが、出木杉じゃなくて僕と静香ちゃんが住んでるマンションだよ――僕は大丈夫だよ、ドラえもん。」
 20階建てのマンションが、高く2人の前にそびえている。あの、12階の68号室に居るんだ。

 その時だった。マンションの入り口の自動ドアが開いた。
出てきたのは――暴力事件を起こして、もう二度と見ることの無いと思っていた――のび太の初恋の人、源静香そのものだった。

「あれって静香ちゃんじゃあ……、のび太くん?」
ドラえもんが呼びかけたとき、のび太の目から、ボロボロと涙がこぼれていた。苦痛と葛洗藤と憎悪と怨恨が全てい流すような――
「声かけないの?」
ドラえもんがそう言ったとき、僕は既に静香ちゃんに向かって走り出していた。

 静香ちゃんは、びっくりしている。僕を見てびっくりしている。そりゃそうだろう、もう2年も――


「あのー、ちょっとそこどいてくれませんか・・・…? 邪魔なんですけど……」


静香ちゃんの左手には、携帯電話が握られており、その液晶画面には『110』とあった。

「僕だよぼく! 野比のび太だよ、今はわけあって出木杉だけど――」
静香は、のび太から、じりじりと後ずさりしながら離れた。

「……何で私の主人の名前を……?」
「だから、僕がその主人で――あののび太は出木杉なんだよ! 君は騙されてるんだ!」

思いっきり、体が後ろに吹き飛んだ。静香ちゃんが、僕を忘れてる? そんなことない、だって、あんな大きな事件を起こしておいて。
 僕は、ただ静香ちゃんにわかってもらいたかっただけなのに。出木杉は、僕だよ。

だから――のび太は出木杉なんだよ。

ずしゃっと、しりもちをついた。突き飛ばされた、でも誰に? すっと頭をあげると――静香ちゃんが、誰かの後ろに隠れている。
 メガネをかけている。あのへんてこな髪。 静香ちゃんが、そいつに何か話している。

野比のび太。 出木杉であり、静香ちゃんの夫である出木杉英才は、僕になって、立派に生活を満喫してるってわけか。


「何だい、君は。一体僕の妻に何の用があるんだい?」

ドラえもんが、こっちに近づいてくるのが分かった。ドラえもん、僕また――国家権力にお世話になるかも。

 くしゃくしゃのジャンパーのポケットから、何度も手首を切ろうとして失敗した――僕の血が付いている果物ナイフを取り出した。
いや、出木杉の血か。

『のび太くん!やめるんだ!』
ドラえもんが、僕に向かってさらにスピードを加速させた。





その前に、僕はコイツを殺さなきゃ。ウソツキの僕を。

 のび太が、静かに仁王立ちしている。出木杉英才は、ナイフをしっかり握った。それを、ゆっくりと近づけて――
「やめるんだッ!」

ドラえもんが、僕のナイフを弾き飛ばした。正確には、弾き飛ばされたわけじゃない。「ころばし屋」が、僕を転ばせたのだ。
それで、普通にナイフが手から離れて――僕は、必死にナイフを追った。しかし、それはのび太に取られてしまった。

「間に合ってよかった……のび太君、君はもう少しで間違いを犯すところだったんだぞ」

ドラえもんが、すごい形相で僕を見ている。出木杉英才は、静かにこちらを見ている。静香ちゃんは――怯えていた。
ああ、ごめん、ごめん。 出木杉を、ただ僕は出木杉に死んで欲しかっただけなんだ。

「ドラちゃん、一体どういうこと? のび太は、この人のことよ?」
 静香が、少々取り乱した様子で話しだした。出木杉であるのび太は、唇を噛んでいる。

「静香ちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだ。 実は――」
「ドラえもん君、ちょっと」

ドラえもんの話を、出木杉がさえぎった。バレるのが怖いんだろう、出木杉は。でも、そうはさせない!

「ドラえもん! いいから続けてよ!静香ちゃんも、しっかり聞いて――」
「ドラえもん君! 話をやめてくれ」

出木杉であるのび太は、さっきの冷静さはウソだった様に取り乱していた。当然だ、僕はもう、妥協なんかしない。
出木杉の幸せだって?元々、僕が幸せになるはずだったんだ。 だから、出木杉はその報いを味わうだけなんだ。

出木杉、今までの2年間は楽しかっただろう? 人の幸せって、こんなにも楽しいんだよ? 
 でも、それももう終わりだ。ドラえもんが、全てを正直に話す。 僕は、幸せになってみせるよ。そして、出木杉、お前は不幸になる。

「静香ちゃん……信じられないかもしれないけれど、君の結婚したのび太君は――出木杉君なんだ」
 出木杉の口の動きが止まった。 静香ちゃんの、持っていたかばんが落ちた。

「……あなた……? あなたは出木杉さんなの?」
「違う、僕はのび太だよ。君だって、一緒に暮らしてきただろう?」

出木杉は、即座に言った。 静香は、もう一度落とした茶色のショルダーバッグを拾い上げ、言った。

「ドラちゃん、言っていい冗談と悪い冗談があるのよ。久しぶりで、悪いけど」

ドラえもんは、呆然としていた。当然だ。出木杉の、ウソをついたというのにそのふてぶてしい態度に。
そして、静香ちゃんが出木杉を信用してしまったということに。
 ドラえもん、心配するな。後は、僕に任せてよ。

「ふっざけるなよ! ウソだ、そんなのウソだ! ドラえもん、『入れ替わりロープ』を出してよ!」
「オーケー、のび太君。 はい、『入れ替わりロープ』〜〜」

 僕は、ドラえもんから入れ替わりロープを受け取り、高々と持ち上げて、言った。
「出木杉、今すぐ僕と入れ替わってくれ! そして、どっちが速く眠れるか、勝負してみよう!」

出木杉であるのび太の目は、とても冷たかった。静香ちゃんの目は、信じられないわ、という感じだった。

「……そんなことして、証明できると思うかい? 」

「できるさ!」
ドラえもんが、じっと出木杉を見つめている。ドラえもん、ありがとう。やっぱり、君は僕の友達だ。

「あなた……やってみる?」
静香ちゃんが、出木杉に言った。 出木杉英才は、にやりと笑った。何で? 何で、こいつはこんな状況で笑うのだろう?」

「ははは……僕は、出木杉英才だ。 それで、何か問題でもある?」

 出木杉の予期せぬ開き直りに、のび太は思わずロープを落としてしまった。その瞬間、出木杉はのび太の横に飛び込んで――
ロープをしっかりと握っていた。 ドラえもんは、瞬時に突撃した。出木杉英才の暴挙を止めるために――

 しかし、既に出木杉英才はその場から離れていた。ドラえもんは勢いよく地面とドッキングをすることになった。
「ドラえもん!」
「ドラちゃん!」

僕と静香ちゃんは、ドラえもんに近寄った。 ドラえもんはすぐに起き上がって、丸っこい手で頭をおさえた。
「出木杉くん、君はのび太君じゃないんだ。お願いだよ、この入れ替わりロープで、のび太君を助けてくれないかな」

「良いよ。 それで、のび太君が幸せになるんだろう? でもさ、ちょっとくらい僕に幸せをわけてくれてもいいんじゃないかな?
 だってさ、君のお父さんが借金してるもんだからさ、僕が保証人になっちゃったんだよ? それに、静香ちゃんだって――不妊症だった」

え? 保証人?静香ちゃんが――不妊?

咄嗟に、のび太とドラえもんは静香を見た。静香はただ顔をおさえているのみだった。
僕はてっきり、出木杉と静香ちゃんの2年間は、幸せなのだと思っていた。 でも、それは本当に幸せだったの?

「ふふ……僕はさあ、正直そのままが良かったよ。分かったんだよ、僕は。僕はね、所詮出木杉なんだ。
 どれだけ逃げても、世界の果てまで逃げても、体が変わっても、ずっと、どこまでも僕なのさ。

 のび太君、君だって、そうだろう? 君だって、まともな生活なんてしてなかっただろう?」

「……だから何だって? 僕は、ただ入れ替わりたいだけだ。幸せじゃなくてもいいんだ。
 ただ――静香ちゃんと一緒に居たいんだ! 不幸だからって、入れ替わりなんかしない!」

出木杉であるのび太は、ふふんと笑った。ドラえもんは、しっかりと唇を結んでいた。

「静香ちゃんは、どっちがのび太だと思う? 」

静香の体が、びくっと震えた。のび太は、静香の体を背中から覆った。
「何の真似だよ?」

「いや、さあ。 静香ちゃんは、のび太君と結婚したんだろう? 
 なのに、2年ものび太じゃない僕と一緒にいて、何も感じなかったのかなあ、と思って。 
 ひょっとすると、何も分かってなかったんじゃないの?」

何だと? 静香ちゃんをバカにしているのか、こいつは?
 そのとき、静香が顔を覆っていた手を離した。 涙は、なかった。

「……私、実は知ってたの。 あなたが、のび太じゃないってこと」

え? 知ってた? 

「静香ちゃん、それは本当なの?」
ドラえもんがすかさず聞く。 静香は、黙ったままのび太の手を押しのけると、出木杉であるのび太の元へ歩き始めた。

「静香ちゃん! ウソだよね?静香ちゃんは、のび太だと思ったから結婚したんだよね!」

「違うわ」

 

出木杉英才が、黙ったままロープを引きちぎった。

「いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁあぁぁぁぁぁぁぁぁだぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に、ドラえもんが居る。 部屋の中は、相変わらず汚いままだった。僕の心は、もうずっと汚いままだ。
体は――のび太だ。当然だ、僕は野比のび太だ。 僕は、ドラえもんでもないし、出木杉英才でもない。

 ただ、変わったのは体だけじゃない。静香ちゃんは、出木杉であるのび太と離婚し、普通の出木杉英才と結婚した。

こんなのって、あんまりだ。出木杉英才は、いっつも僕の幸せを持っていく。静香ちゃんも何もかも奪われた。あの出木杉英才に。
 僕は、手元にあるジャンボ・ガンのグリップをしっかりと握り締めた。それを、しっかりとこめかみにくっつけた。

「出木杉、死んでもらうよ」

ドラえもんの目は、しっかりとのび太を見据えたままだったが、ぴくりとも動かなかった。

 

のび太の人生は終わるけども、まだまだ話は続く。終わり。

 

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