石版

文矢さん 作

 

第六幕 「彼は満足したのだろうか」

 

其の十

 どらEMONと静香がミサイル研究所と会ったその時頃、ドラえもんとジャイアンは走っていた。
ドラえもん、ジャイアン、二人とも手には改造ショックガンを握りしめていた。

改造ショックガン、それが今のドラえもん達が使える最強の武器だった。

  ドラえもんは考える。はたして、イカたこ達はどんな戦法をとってくるか。ドラえもんはとりあえず、人海作戦は無いと考えていた。

通路は狭い。それなのに人をたくさん歩かせたら詰まって行動が遅くなるかもしれない。

又、変装の道具を使われてしまうと人の多さが裏目となる。だから無いと考えていた。

 それなら、イカたこはどうしてくるか。ドラえもんが考えた結論はこうだ。優秀な刺客を放ち、彼らが探し当てた順に殺していく。
それが一番ではないか、安全だ。結局、ドラえもんはその結論へと至る。

 通路の角を右に曲がる。アルタが前教えてくれた話通りのルートで進んでいる。目指しているのは、イカたこの部屋だった。

「ドラえもん、次左だよな?」

 ジャイアンが言う。ドラえもんは頷く。この基地に二階は無い。あの空間移動の部屋から最も遠いところにイカたこの部屋はあった。

 左に曲がったその時、轟音と共に基地が震えた。何回も。何回も。丁度一秒刻みで基地が震える。ドラえもん達の動きも止まる。

 何が起こったのか、今のドラえもん達にそれは判断するのは不可能だった……


 ミサイル研究所の不気味な笑い。静香は無理やり、震えをおさえた。

 静香は恐怖という感情を抑えて考える。今、ミサイル研究所はどう考えているか。どらEMONの動き。それ。
ミサイル研究所はそれを警戒している筈。

それなら――

 震える手。ミサイル研究所は静香の方を見ていない。「今だ」静香はその言葉を頭の中で何度も繰り返す。

今だ、今だ、今だ、今だ。改造ショックガンの照準を必死に合わせる。今だ、今だ、今だ!

 彼女は目をつぶり、引き金を引いた。響く銃声。だが、血は飛ばない。

 

 ――外れた。ものの見事に。改造ショックガンのレーザーはミサイル研究所には当たらず、壁に当たり壁を焦がしただけだった。

「ククク……お譲ちゃぁぁぁん、やるじゃあないか」
 ニヤニヤと笑いながら、ミサイル研究所が静香を睨んだ。
静香はその場にへたれ込み、改造ショックガンがカランカランと音をたて地面に落ちた。

「静香君!」

 どらEMONは叫びながら立ち上がる。手には水裂を握りしめていた。ミサイル研究所と戦う準備は完璧だった。

だが、ミサイル研究所は『戦う気は全く無かった』

「うっ……!」

 どらEMNは、その場に倒れた。ミサイル研究所が攻撃したわけでは無い。だが、どらEMONは倒れたのだ。どうして倒れたか。
理由は簡単だった。

『何故か呼吸が苦しくなったのだ』

 それは静香も同様だった。呼吸が苦しい。
まるで、千五百メートル走をした後みたいにハアハア言っているのに酸素が入って来ない。どうして、どうして、どうして。

静香もどらEMONも考えるが、答えは出てこない。

「くく……いや、待てよ。うん、逆の方がいいか」

 ミサイル研究所が『どす黒く』笑いながら言う。その言葉からどらEMONはどういう事か考えるが、やはり答えは出てこない。

呼吸は苦しいままだ。

  だが、急に状況が変わる。二人の体に、圧力がかかったのだ。潰れそうなくらいの、圧力。重力といった方がいいだろうか。
二人は這いつくばる。

上を見上げると、ミサイル研究所の『どす黒い』笑いが見えた。

「何を……した?」

「くくく……ESPって分かる? 超能力さ。俺様は生まれつきの超能力者でね。フハ! 能力も教えてやるよ。大サービスさ。

 だって、お前らはこれから嬲り殺すだけなんだからさぁ。教えても問題無いだろ? 俺は圧力を操れるのさ。特定の場所のな。
工夫すれば気圧も水圧も操れる。ここまで言えば分かるだろ?」

 どらEMONは分かった。呼吸が苦しくなったのは、ミサイル研究所が気圧を下げたからだと。

今、体に重力がかかっているのも圧力のせいだと。全てを理解し、その後絶望した。静香も、絶望をしていた。この男には、勝てない。

「フハハハハハ! 気持ち良いよ! 実になあぁぁ。これから、お前らは嬲られるだけ! 
 さて、どうやって苦しめようかな、と考えるだけなわけだ。楽だな、楽! クハ!」

 動けない二人。狂っているかのように踊るミサイル研究所。倒れて動かないスネ夫。部屋の中は、異様だった――

 

其の十一

 ドラえもん達は、理解した。さっき響いた轟音が何だったのかを。ドラえもん達は、理解した。

自分たちが生き残る確率は限りなく低いと。ドラえもんは、理解した。又命を賭けて戦わなければならないと。

「ロボット……!」
 ドラえもんは舌打ちをする。ジャイアンは改造ショックガンをそいつに向けた。
ドラえもん達の目の前には、ロボットが立ちふさがっていた。別空間において、ドラえもん一行を襲ったロボット。それだった。

 ドラえもんは思い出す。別空間で自分が戦った相手のことを。ナグドラだ。

あの時、ロボット達が退却をしたからドラえもんは生き残れた。ドラえもんは考える。退却しなかったら、あいつに自分は殺されていたと。

「オラァァ!」

 ジャイアンはそうやって叫び声を上げると改造ショックガンの引き金を引いた。銃口からレーザーが出される。
レーザーはロボットの足、人間でいうと太もものところへ当たる。だが、ロボットに変化は無かった。
当たった部分は軽く焦げただけで、ダメージを受けた様子は無い。ドラえもん達は、理解した。

ロボットは、改造ショックガン程度じゃ何もダメージを受けないと。

 ロボットに乗っているのはナグドラの部下だった。ナグドラがとった作戦はこうだ。
自分を含めたロボット達を別々の場所へ一斉に突入させる。
さっきドラえもん達が聞いた轟音はロボット達が基地の中へ入る時の音だったのだ。

 ロボットから機械音が聞こえてくる。無機質な音。そして、ロボットの両腕、両脚、腹、五つの部分からマシンガンが現れる。

「うわあ!」

 ドラえもんは慌てて腕をポケットへ突っ込む。何か、何かガード用の道具を、道具を! 慌てる。慌てる。
だが、秘密道具は中々出てこない。いつもと同じだ。いらないヤカンとかばっかり出てきて肝心なものが中々出てこない。

 ロボットは照準を二人に合わせていた。確実に殺せるように、頭、胸の二つを狙って。粉々に、ブッ飛ばせるように。
ロボットのパイロットは『どす黒く』笑っていた。

「こっちだよ!」

 その時、ドラえもんの腕をジャイアンが引っ張った。そして、ジャイアンは走る。ドラえもんも同じように走った。
ジャイアンは考えたのだ。ロボットの死角を。長年の喧嘩の勘で。

 死角、それは足と足の間だった。そこは通り抜けられる。ジャイアンは必死に考え、その結論を導き出したのだ。ジャイアンは、走る。

 マシンガンが発射される。

頑丈そうに見えた床はあっという間に吹っ飛び、イタリアの大地が顔を見せる。耳が裂けるかと思うぐらいの騒音が廊下にあふれる。

 だが、弾は一つもドラえもん達には命中しない。マシンガンが撃たれるその瞬間、ドラえもん達は股下をくぐり抜けたからだ。
ジャイアンが改造ショックガンをロボットの背中に向ける。

「ジャイアン、無駄だよ!」
 ドラえもん。

「うるせえ! このままでいてられっかよ!」
 ジャイアンは構うことなく、引き金をひこうとする。その時、ロボットが動き出した。ロボットが無機質なその音を出しながら、後ろを向く。
それはマシンガンもこちらを向くことを示していた。

「畜生! 撃ってやらぁ!」
 ジャイアンは叫ぶと、引き金を引いた。だが、それも肩の表面を焦がしただけだった。少し煙が出ているのが見えた。
ロボットはまだ完全にはドラえもん達の方を見ていない。

「ジャイアン、撃つなら良いところがある! 僕が撃ったとこを狙うんだ!」
 ドラえもんの頭を、閃きが走った。ドラえもんはジャイアンに言うと、すぐに改造ショックガンを構え、引き金を引いた。

その動きは速かった。

 まだ向きかけのロボット。右腕のマシンガンはドラえもん達を向いている。『それだった』ドラえもんは、マシンガンを狙った。
マシンガンの、銃口を。

「そういう事か!」
 ジャイアンもマシンガンの銃口を狙って引き金を引く。何発か銃口の周りを焦がす。そして、銃口へレーザーが入る。

奥には火薬などがある、銃口の中へ。

 ――轟音。爆発。
 ロボットの右腕はすぐに吹っ飛び、胴体の部分まで爆発する。操縦席にまで、それは飛び火する。

 廊下が煙に包まれ、ロボットの機械音がやけに大きく聞こえる。ジャイアンの喜びなのかよくわからない雄叫びも廊下に響く。
ドラえもんはガッツポーズをする。

 廊下の壁を突き破ってロボットは倒れた。パイロットのうめき声が聞こえ、火薬や鉄の臭いが充満する。

「さあ、さっさと行こう!」

 ドラえもんはそう言うと、廊下を走り出した。ジャイアンも一緒に走りだす。イカたこの部屋へと。

 

早く、早く、行かなきゃ。行かなければ――

 

其の十二

 部屋。ミサイル研究所が全てを支配している、部屋。黒い空気が混じった部屋は異様な雰囲気を醸し出している。

「さてと……まず、これを見てくれよ」

 ミサイル研究所はそう言うと、部屋の端にあるメタルの遺体を指差した。
ミサイル研究所がその部分だけ解除したのか、静香とどらEMONは首を動かすことができた。メタルの遺体の方を二人は向く。

メタルの遺体は布を被せてあるだけだ。

 どらEMONは嫌な予感がすると感じた。何か、とんでもない物を見せつけられる気がする。そんな嫌な予感が。冷や汗が頬をつたる。

 ミサイル研究所は『どす黒く』笑った。そして、腕を左右へ大きく広げる。まるで、何処かへ飛び立とうとしているかのように。
 そして、ミサイル研究所はゆっくりと指を鳴らした……

 破裂。破裂。破裂。まず、メタルの体の上にある布が吹っ飛び、そして大量の血が飛び出す

臓器の欠片が吹っ飛び、スクラップ映画のような光景が部屋の中に広がる。そして、少し遅れてボンッという音が部屋の中に響く。

 

「キャアアアア!」
 静香の悲鳴。どらEMONは信じられない、という顔でその光景を見る。
 部屋には血のシャワーが降り注ぎ、ベチャベチャと腐りかけの血液が音をたてる。
そして、その血のシャワーを嬉々してミサイル研究所が浴びる。

まるで、雨が降らない数日の後に降った大雨を喜ぶ農民のように、黒く、黒く、黒く、黒く、笑いながら。
 狂っている。今まで出会った、誰よりも。どらEMONはそう感じる。体の震えは止まらない。

「くく、周りの気圧を下げればさ、体は爆発するよなぁ。山の頂上へ持っていったポテトチップスの袋が膨らむのと同じで。

 学校で習ったろ? どうだ! 怖くなってきただろう? こんな感じで死にたくないと思ったろ? 思え、思え、思え! 

 俺は最強なんだ、ハハ!」

 ミサイル研究所はやはり腕を大きく広げたまま叫ぶ。その姿は、まるで悪魔。鬼。
世界中のあらゆる悪という言葉で例えられるだろう。どんな小説の悪魔よりもこの男は酷いとどらEMONは思う。

静香は考えるどころでは無かった。恐怖によるパニックに包まれ、何も言えない。

「お前……仲間の死体をそんな演出の為に使ったのか?」
 どらEMONは大量の汗をかきながら、ミサイル研究所へと言う。

「ハ! 下らないな。仲間といってもすでに死んだんだからどうでもいいだろ? 
 というよりも俺様に使われてメタルだって光栄だと思っているさ」

「お前らは、自分の正義の為に動いているんじゃないのか? お前はまるで悪魔だ!」

「悪魔、ありがとう。いい言葉だ。確かに、イカたこは自分が世界を変える、正義だ。とでも思っているだろうね。だがね、俺はそうじゃない。
 俺は、悪だ! 正義なんかじゃない、悪だよ、悪!」

 ミサイル研究所の言葉にどらEMONは唖然とする。悪、その言葉を喜ぶ男などいるだろうか。
近所の悪ガキに「お前らは悪だ」と言ったらそのガキは怒るだろうし、汚いことをやっている政治家に「あなたは悪です」と言ったら
その政治家も怒るだろう。

何なんだ、この男は。

「昔からそうだったよ。テレビとか漫画とか見ててもさ。ヒーロー側には感情移入なんかできなかった。

 だって、奴らは「地球を守る」だとか言っているだけだろ? 何でさ。
 あいつらを見てるとあいつらは食欲や、性欲や、睡眠欲さえ無いんじゃねえのと思うだろ? その点悪は違う!

 悪役達は自分の欲望に素直に生きてる! 良い事じゃないか。そっちの方がかっこいい! 俺は昔から悪になりたかったのさ!
 もっと呼んでくれ! 俺を悪だと! 悪魔だと、卑怯だと、もっと、もっと、もっとぉ!」

 

「じゃあこう言えばいいのか? 『お前は正義のヒーローだ』」

 どらEMONは引きつった笑いを浮かべながら言う。だが、ミサイル研究所は全く気にかけていなかった。

どうでもいい、という感じであった。

 どうすればいい――

 どらEMONは考えるが、どう考えてもこの状況は覆せないという結論が出るだけであった。この悪魔め。

どらEMONは歯をくいしばりながらそう思った。

 

其の十三

 やられていく―― ナグドラは焦りを覚えていた。

何にか、それは仲間たちが次々とやられていっていることだ。
部隊の三分の二が既に倒されていて、そしてこうやって考えている間でも一人やられていた。

  誰だ。誰がやっているのか? ナグドラは考える。ドラえもんか? 秘密道具でやっているのか? 
それは無い、無い筈だ。やられた仲間のロボットを何体かナグドラは見ていた。

  そのロボットは、綺麗だった。鮮やか、と言い換えてもいい。

 ロボットの間接部分、カメラ、適格に急所を捉え、彼らを戦闘不能な状況にさせていた。

ナグドラが前ドラえもんと戦った感触では、ドラえもんはこういう戦いはできない。ならば、誰がやったのだろうか。

 あなどってはいけない。

ナグドラは考える。
 ナグドラが歩いているのは、イカたこの部屋へ通じる廊下の一つだった。ここに来るかもしれない、となんとなく思っていたのだ。

「その、なんとなくが当たったかな」
 ナグドラはそう呟き、操縦桿を握りしめた。そして、頭の中で侮ってはいけない、と自分自身に再確認させる。
ゼクロスは侮っていたから負けたのだ。侮るな、侮るな。
 ナグドラの目の前に現れたのは、のび太だった。イカたこに、別空間へ飛ばされたのび太。彼が、帰って来ていたのだ。
ナグドラは舌打ちした。こんなにも早いとは想定外だったのだ。

 一瞬だった。

ナグドラが思考に使ったほんの数秒。その間に、まずナグドラのカメラが破壊された。
メインカメラはもちろん、サイドカメラまでも。一瞬だった。

 目の前の画面が真っ黒に染まる。

「畜生!」
 ナグドラはそう言うと、操縦桿のスイッチを押す。マシンガンだ。マシンガンを発射し続けるが、当たった感触は無い。

 焦り。ナグドラはロボットを動かす。なるべく速く。集音装置も撃たれたらしく、外の音も聞こえない。
今、ナグドラは視力と聴力を奪われたも同じ状況だった。

 暗闇から、襲ってくる。まず、左足部分に衝撃があった。ナグドラは思う。やられた。
さっき見たロボット達と同じように、関節部分を狙われている。バランスを崩す。

 左足を狙われたという事は、この部分かとナグドラは勘でマシンガンを撃つ。

だが、さっきと同じように当たったという感触は無い。全く。

 操縦桿を動かす。ナグドラは考えた末、壁を利用してロボットを一回転させた。
右足で壁を蹴り、使えない左足をひきずるようにして一回転したのだ。

もし、のび太が死角の股下にいるならこれでやれる筈、そう思ったのだ。
 
 だが、感触は無い――

 呼吸が荒くなるのをナグドラは感じる。いつの間にか、ナグドラは大量の汗をかいていた。焦り。焦り。焦り。焦り。

 どうすればいい? どうすれば、いい。ナグドラは考える。考える。

 前も後ろも何もかも見えなければ音も聞こえない。絶望的な状況だった。

今、自分にあるのはロボットの感覚だけ。しかも、左足を撃たれた等のおおまかな感触しか分からない。

ナグドラは考える。

 その時、ナグドラは閃く。普通ならやらない、閃き。視覚も聴力も戻る、閃き。だが、ナグドラはさらに考える。
その閃きは綱渡りの様な物だった。下にはネットも何も無い、高層ビルからの綱渡り。失敗したら、死。

「それでも、やるしか無いか」

 ナグドラはそう呟く。自分の、テクニックを信じる。それがナグドラの出した結論だった。

  ボタンを押す。そのボタンは出入り用のボタンだった。

機械音がし、ロボットの胸の部分が外れる。ナグドラが出した閃きは、これだった。

この状態だったら外も見える。外から音も聞こえる。

 操縦桿を動かし、ロボットを動かす。のび太は、何処にいる? ナグドラはまずその問題を解決しようとする。

ロボットを回転させる。

「死ね」

 その時、そんな声が聞こえた。のび太の声。サンプルとしてイカたこから聞かせてもらった声と同じだった。

ナグドラはマシンガンをその声の方向へと向ける。だが、感触は無い。

 股下。のび太は、ロボットの股下をくぐっていた。そして、胸の部分が外れているロボットへと銃を向ける。

もちろん、その銃口が向けられているのは……

「侮ってはいけないのにな」
 一発。ナグドラの首に、のび太の一発は当たる。ナグドラの体が揺れる。そして、ナグドラの視界が暗くなっていく。

これで終わりと、ナグドラは思う。

 ナグドラは思う。最期に頭に浮かんでいるのは、何故ゼクロスだったのだろうか。
ナグドラは考えた。そして、結論を出す。頭の何処かで「ゼクロスと自分は同じだな」と思っていたからだと。

 ナグドラは、声も出さず静かに、静かに死んだ――

 

其の十四

「ここか?」

 ジャイアンが息切れした声で言う。
 目の前には、ドアがあった。ドラえもんも息をきらせながらそのドアを見る。

軽く触れると、「イカたこ」という文字がドアに表示される。イカたこの部屋、なのであろうか。

  ドラえもんの心の中に疑問が浮かぶ。本当に、ここはイカたこの部屋なのだろうかという疑問。
確かに、ドアにはイカたこと書かれている。だが、これは罠なのではないだろうか。

この中に入ったらすぐさま首ちょんぱとかいう展開にならないだろうか。そんな風な考えばかり浮かんでくる。

「開けるしか、ないよな」

 ドラえもんが迷っている時、ジャイアンはそう呟いた。そして、ドラえもんがジャイアンの方を向いた瞬間。

すでに、ドアは開いていた。ジャイアンが、開けたのだ。

 

 

「ようこそ、注文の多い料理店へ」

 部屋の中からそんな声が聞こえ、ドラえもんとジャイアンは部屋の中へ踏み込んだ――

「くく……気持ちいいなぁぁ」
 ミサイル研究所の声が部屋に響く。

 静香とどらEMONは相変わらず抑えつけられたままで、喋ることすらまともにできない。
ミサイル研究所の能力。超能力。それはどんなに頑張っても覆せないものだった。どらEMONは舌打ちする。

 どうやったらこの悪魔に勝てるというのだ――

 どらEMONは考える。静香は絶望する。どらEMONは考える。どうやったら、どうやったら。さっきから彼はずっと考えていた。

だが、答えはでない。答えは、でない。

 ミサイル研究所は嘲笑する。圧倒的すぎる力の差。ワンサイドゲーム。

昔から、ミサイル研究所はワンサイドゲームが好きだった。トランプとかをやっていて、すぐにあがれる時でもそうだ。

普通の人なら友達とですぐにあがっちゃうとあれだなとか考えてすぐにはあがらない。

だが、ミサイル研究所は違う。すぐさまあがり、友達を笑う。それが彼は大好きだった。

 カツカツというミサイル研究所の足音が部屋に響く。笑い声と一緒に。

 部屋には血の臭いが漂っている。さっきミサイル研究所が爆発させたメタルの死体。その臭いだった。吐き気をもよおすような臭い。
いや、こんな状況じゃなかったらどらEMONや静香は吐いているだろう。

「怖いか? え?」

 ミサイル研究所はしゃがんで静香の頭を小突いた。静香は何も答えられなかったが、ミサイル研究所を睨みつけた。
それが、彼女にできる精一杯の抵抗だった。だが、ミサイル研究所はその視線を喜びと感じる。

 ミサイル研究所は立ち上がり、そして二人を見下す。彼は最上級の喜びを感じていた。

「なんで、お前は人をそんなに痛みつけるんだ? どうしてそれが気持ちいいんだ?」

 どらEMONは声をだす。

「お前さ、温泉に入っている時に「何で温泉に入っているのが気持ちいいんですか?」なんて聞くか?

 いやな、そう聞かれても答えられるかもしれない。何故ならこれにはこういう成分が入っているからですって。
でもさ、答えるのは面倒だろ? 今の俺はそういう気分だ」

 

 もう、駄目かもしれない。どらEMONは心の底からそう思った。もう、自分たちには死ぬしか選択肢がないのかもしれない。
他は、何も無いのかもしれない。超能力なんかに勝てるわけがない。

エスパーが実在して、しかも敵対しているっていう時点で勝ち目など無かったのだ。諦めの心がどらEMONの中を巣食う。

 それでも、それでも―― どらEMONは諦めの気持ちを消し去る。俺は、諦めてはならない。諦めたら、報われない。

死んでいったタイムパトロールの仲間たちが、報われない。諦めない。諦めては、いけないんだ。どらEMONは持ち直す。

「何が出来るというのだ?」

 どらEMONは呟く。いや、声は出ていなかったかもしれない。どらEMONは、自分へ問いかける。

自分には、何ができるというのだ? 何を、何を、何ができるとでもいうのだ?

「さあ、そろそろ止めを刺そうかな?」
 ミサイル研究所の声が部屋を包んだ――

「何が注文の多い料理店だ!」

 ジャイアンはそう叫ぶと、改造ショックガンを構える。

イカたこは、椅子に座りながらドラえもん達の方向を向いている。手には、「注文の多い料理店」が握られていた。

 ドラえもんも、ジャイアンに続いて改造ショックガンを構える。イカたこは、不敵に笑っているままだった。

 このまま、引き金を引いてやる―― ジャイアンはそう思いながら手の力を強める。

「そうそう、ジャイアン、ドラえもん。君達はのび太とアルタがどうなったか興味は無いか?」

 イカたこが立ち上がる。ドラえもんとジャイアンは喋れなかった。

そして、二人とも銃口を下へ向ける。イカたこは笑う。そして口を開く。

 

 

「じおすと同じように、飛ばした」

 

「え?」

 

 部屋は、沈黙に包まれる。イカたこはニヤリと「どす黒く」笑う。

 

其の十五

 銃声―― 飛び散る血。場所は、どらEMON達がいる部屋。
 倒れたのは、ミサイル研究所だった。どらEMONや、静香じゃない。ミサイル研究所。

さっきから圧倒的な有利にあった男。ミサイル研究所は心臓の部分を撃たれ、倒れた。そして彼は吐血したのだ。

 こんな事は、ありえない筈だった。超能力を使い、圧力を操って完全な有利に立っていた男が倒れるなんて。

そう、鼠が猫に食べられそうな時に鼠が猫の首の骨を噛み砕いて殺すという状況ぐらいありえない。

 

 だが、実際に起きている。

「スネ夫君……!」

 どらEMONは目を丸くする。既にどらEMONも静香も解放されていた。ミサイル研究所が倒れた時点で超能力は解除されたのだ。

 撃ったのは、スネ夫だった。最初にミサイル研究所にロケットで撃たれたスネ夫が、銃口をミサイル研究所へ向け、腹を抑えていた。
息は荒く、今にも倒れそうだった。

「静香君、これを」

 どらEMONは四次元ポケットから『お医者さんカバン』を取り出し、静香へ手渡す。
静香はフラフラとしてたが意識ははっきりしていて、スネ夫の方へと歩いて行った。強い子だな、とどらEMONは静かに笑う。

 水裂をどらEMONは取り出す。しっかりと柄を握り、倒れているミサイル研究所の方を向く。

 そして、斬る。ミサイル研究所の悲鳴が聞こえた。静香も驚き、『お医者さんカバン』を落とす。だが、どらEMONは何も慌てなかった。
斬られたのは背中で、斜めにスパッと斬られていた。

「どらEMOOOOON! 貴様ぁぁぁぁ」

 ミサイル研究所はなんとか立ち上がる。といっても、中腰のような姿勢だったが。
ミサイル研究所はロケットをどらEMONに向ける。目には憎しみと怒りの色が浮かんでいる。

 

 だが、どらEMONは意に介さなかった。

一歩踏み込み、水裂でミサイル研究所を、斬る。肩から腰にかけてミサイル研究所は真っ二つになる。

 静香が悲鳴を上げた。どらEMONは静香の方を向くとごめん、と謝った。そして振り返り、ミサイル研究所へと冷たい目を向ける。

冷酷な、目。

 ミサイル研究所は慌てる。どす黒い何かが、自分の脳内を侵食しているのを感じたからだった。

 嘘だろ―― 俺が死ぬわけが無い。この俺が、この俺様が。悪が。絶対的な悪のこの俺様が、死ぬわけが無い。
死。死。俺は、死なない筈だ。

 段々と、ミサイル研究所の脳内を黒が包んでいく。ドロリとした何かが包んでいくごとに意識もボーッとしてくる。

 痛いという感情もあった。今までで体験したことの無いような痛み。

深爪をするよりも、爪を剥がされることよりも、指を斬り落とされることよりも酷い、酷い、酷い、ひどい、ヒドイ、痛み。

 ドロリとした何かはゆっくりと、だが確実に。ミサイル研究所はこの時、初めて、初めて『恐怖を感じた』

 死ぬことに対しての恐怖。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。
 今まで、全てにおいて俺は圧倒的な有利を保ってきた筈だ。ミサイル研究所は思う。

俺様は、全ての人間よりも上のところに位置しているんだ。その俺様が、死ぬわけがない。まさか、まさか、まさか、まさか。

 ドロリとした何かが、ミサイル研究所の四分の三を包んだ時、ミサイル研究所は声を出した。

 

「嫌……だ……死に……たく……な……い」

「お前が殺してきた人もそう思ってたんだ」

 どらEMONの冷たい返事を聞いた後、ミサイル研究所の意識は途切れた―― 死。

 

其の十六

「のび太をじおすさんと同じよう……に? 嘘だ……ろ?」

  ドラえもんは言う。信じたくない。そんなもの、絶対に。のび太がもう帰ってこないなんて。
何処か別空間で生きているのかもしれない、だがこちら側からすれば死んでいるも同然。

 そんな状況に、のび太がなった―― ドラえもんの頭の中がグルグル回る。

「嘘じゃないさ。のび太は帰ってこない」

 イカたこは言う。この言葉は嘘だった。剛田清の策によって、イカたこの道具のダイヤルを狂わされ、のび太は結局帰ってくる。
だが、イカたこは彼らに絶望を与える為、嘘をついた。

 この嘘は効果的だった。ジャイアンとドラえもんは絶望し、声も上げられなくなる。まるで、「待て」と言われた犬のようにおとなしかった。

 悪趣味だな、私は―― イカたこはそんな事を言いながら「注文の多い料理店」を開く。

この本には、いくつかの短編が収められていたが、イカたこが開いたのは題名にもある「注文の多い料理店」だった。

 そして、そこに書いてあった文章を読み上げる。

「『いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。
 どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください』」
 イカたこの読み方は、上手かった。小学校の授業で音読をしましょう、という時に読んだら先生が「凄すぎるわ、イカたこさん。

何処かの劇団に入ったらどう?」と言うぐらいのレベルだった。緊張していなければ、物語の世界に引き込まれてしまいそうなぐらい。

 それは、「注文の多い料理店」の一節だった。二人の紳士は今まで店側の言うままに行動していった。

だが、この文章を読んでやっと「こいつはおかしいぞ」と気づく。そして、気がついたら『二つの青い眼玉』がこちらを見ているのだ。

 そして、イカたこはただこの文章を読み上げたわけではなかった。これは、合言葉だった。いや、合図というべきだろう。
運動会の徒競争で先生が「よーい、ドン」と言うかのような、合図。もうスタートしていいですよ、という合図。

 一瞬。反応する間もなく、一瞬。ドアが閉まった。ドラえもんとジャイアンは入って来た時、ドアを開けっ放しだった。

そう、誰かが閉めたのだ。
 コツンとドラえもんの頭に何かが当たる。それは『熱戦銃』だった。

ここでようやく、ドラえもんとジャイアンはドアからイカたこの仲間が現れたのだと気づく。汗が頬を伝っていく。

 

 

「はいはーい、動かないで下さーい」

 その声は明るかった。部屋の空気と全く違う、能天気な明るい声。明るすぎる声。
 声の主は、すずらんだった。すずらんは最初からイカたこに命令され、こういう役割をすることをしていたのだ。
そして、さっきイカたこが読み上げた文が合図で行動したのだ。

「すずらん、よくやった。ありがとう」
「どうもいたしましてー」

 まだ、ドラえもんの頭には銃を突き付けられていた。何かすれば、すぐに撃たれるような姿勢。
ジャイアンは何もやられていなかったが、暴れたらドラえもんが危ないんじゃないかと思って何もできなかった。

 イカたこはニヤリと笑いながら、「注文の多い料理店」を閉じる。机の上に置き、歩き出す。ドラえもん達の目の前で。

 

「すまないな。今から君達は死んでしまう」

 

「うっせえ!」

 ジャイアンはイカたこを睨みつける。だが、イカたこは全くもって意に介さない。
その表情にはこんな事しかできないのかという見下しさえも含まれている気がした。

ドラえもんは撃たれるんじゃないかと不安に思ったが、とりあえずは撃たれなかった。
 イカたこは指を鳴らした。すると、机の近くにあった椅子が勝手に動き出し、イカたこのところへ来る。イカたこはそれに座る。
足を組んでいるその姿は帝王の風格さえ漂っている。

「それでは、すずらん。撃ってくれ。二人とも、安心してくれ。痛みも感じないうちに死ねる」

「ふざけるなよ!」

 ジャイアンは叫ぶ。だが、さっきと同じようにイカたこの表情は変わらない。転校生として来たあの時と同じ。

冷たい目で、冷たい表情をしていた。すずらんは笑顔で返事をし、引き金を今に今に引こうとしている。

「すずらん、という名前だっけ? 撃たない方がいいよ」
 そう言ったのは、ドラえもんだった。ドラえもんは汗をかきながら、口を開く。すずらんの行動が一瞬止まる。

まだ銃口はドラえもんへと向けられているままだった。

「何でですか?」

 

 あの明るい声でドラえもんへと質問が返ってくる。ジャイアンとイカたこは突然のことに何も言えなかった。
ドラえもんはこれはチャンスだと感じた。口八丁手八丁で、ごまかしてやる。ドラえもんは、そんな覚悟を決めた。

 ドラえもんは空気を目一杯吸い込み、言う。

「既に細工してあるよ。君のその銃には。『透明マント』でバレないようにね」

「え? そんな!」
 その時、すずらんは銃口をドラえもんに向けるのをやめた。そして、『熱線銃』を手にとり、確認し始めた。騙されたのだ。

ドラえもんの、簡単すぎる嘘で。

 おいおいえもん―― ドラえもんはそう言いながら神様へ感謝した。こんな簡単に騙されてくれるなんて!

 銃口がドラえもんから外されて数秒。ドラはそんなことを思いながら、改造ショックガンを構えた。銃口の先はもちろん、すずらん……

「すずらん! それは嘘だ、引き金を引け!」

 イカたこの叫びもむなしく、ドラえもんは躊躇なく引き金を引いた。
 すずらんは対応することができない。ほとんどガードも何もできないまま、エネルギーを正面から喰らう。当たった場所は腹。

みぞおちは外れていたが、体中にショックが走る。そして、すずらんは倒れる。

 ジャイアンはすずらんが倒れたのを見ると、すぐにショックガンをイカたこに向けて構えた。ジャイアンの頬を冷や汗が伝っていく。

だが、イカたこはその姿を見ていなかった。ポケットを探っているだけだった。

「お願いがある。すずらんには攻撃を加えないでくれ。今は気絶しているだけだが、下手したら死ぬだろう」

 イカたこはドラえもんとジャイアンに向けてそう言った。ドラえもんとジャイアンは突然な申し出に驚いて何もできない。
そして、イカたこはポケットの中から道具を取り出した。じおすやのび太、アルタ、剛田清をも葬ってきた秘密道具。

空間を、問答無用で移動させる悪魔の道具。イカたこは今、その道具を握り締めていた。

 

「今、とても反省している。何で君達なんかに構ってしまったのかとね。
 君達が基地の中を暴れまわることなんて無視して石版のところへ行けば良かったんだ。
全く、自分の無能さに吐き気がするよ。いつも冷静なつもりだったのにな」

 イカたこはそう言うと、左手で秘密道具のダイヤルを回し始める。カチャカチャと無機質な音が部屋にやけに響く。
そして、秘密道具を自分の方へと向けた。

 

 

「何をする気だ!」

 ジャイアンはそう言うと、ショックガンの照準を定めようとした。だが、イカたこはその声を全く聞かず、秘密道具を自分の体へ当てた。

イカたこの体が光に包まれる。

「私は石版のところへ行くよ。もう一度言うが、すずらんをこれ以上傷つけるなよ。アリーヴェデルチ」

 

 イカたこは笑いながらそう言うと、部屋の中から消え去った。

残されたのはイカたこの机、椅子。倒れているすずらん、ドラえもん、ジャイアン。そして、「注文の多い料理店」だけであった――

 

其の十七

 巨大なドリルで彫ったかと思うぐらいの奇妙な跡がある洞窟の中。
アドバン村が壊滅したあの日から、誰も立ち寄らなかった穴。そこに、イカたこはいた。何故か?

 彼の目的を果たす為に。彼の理想を実現させる為に。

「ああ、これが……」
 イカたこは、跪いていた。それの目の前に現れた瞬間、敬意を表さなければいけない、という考えがイカたこの頭に現れたのだ。
そして、自然に体が動き今の姿勢となる。その敬意の対象、それは石版だった。

 謎の文字が綴られた、巨大な石版。洞窟のようになっている筈なのに、イカたこはその石版が輝いているようにも見えた。
いや、輝いているのだ、この石版は、輝いているに違いないと思っていた。

 石版。それは、巨大な長方形のプレートだった。そのプレートが穴の奥に埋め込まれているのだ。

石版はなんともいえない不思議な色をしており、傷一つついていない。何千年も、そこに存在していたのにだ。

紀元前、名無し達が生きていたその前からそこにあったのに、傷はついてない。不気味なぐらいだった。

 イカたこは、自分のポケットを探る。手は震えていた。それが感動の為なのか、それとももっと別の理由なのかどうかは分からない。

だが、ポケットの中を探っていた。探り始めてから十秒ぐらいかかってやっとイカたこはポケットから物を取り出した。

二枚のレリーフだ。

片方のレリーフには石版の場所、もう片方は『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』と彫られている。

 


 イカたこは、場所が書かれているレリーフを地面に置いた。
『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』と書かれていた方のレリーフをじっくりと見る。
片方のレリーフには石版の場所。もう片方のレリーフには何故英語が書かれているのか?

 イカたこは考え始める。
 ここに来るまでにイカたこが出した結論は、こっちのレリーフには文字の解読方法が書かれていなければならないということだった。

レリーフの文字は石版の文字とは明らかに違う。
という事は、この石版を作った名無しとかいう学者はレリーフの文字を日常的に使っていたということになる。

その文字を使う村に住んでいたのだ。それが、昼間に地面から出現したあの村だろう。

ミサイル研究所とすずらんに滅ぼさせたあの村だろう。その村の住人だった名無しは事実を誰かに知らせたかった。

その石版に書かれている事を。

そう考えると、もう片方のレリーフには文字の解読方法が書かれているのが妥当な筈だ。

 イカたこは考える。じゃあ、何で今自分の持っているレリーフに英語が書かれているのか。この英語を書いたのはじおすだ。

それについては間違いない。このじおすの文字を除去して考えてみる。初め、このレリーフは何も書かれていなかったということになる。
では、このレリーフにはまだ何かが彫られる前だったのだろうか。

「いや、違う」
 イカたこは呟いた。違う。それは無い。イカたこは奇妙な確信を持っていた。

 指紋―― イカたこの頭にその文字が走る。ミサイル研究所が持ってきた時に発見したその指紋だ。

何と彫られたところの右下についてある指紋。それは、じおすの指紋だとイカたこは思っている。
何で、その指紋がついたのだろうか。イカたこは考える。こんなくっきりと指紋がつくなんてほとんど無い筈だ。

これについている指紋の部分はへこんでいる感じだ。何で、何でだ。

 その時、イカたこの頭に閃きが走る。ああ、そうか。このレリーフは暖められて軽く溶けたんだ。
その時に、指紋がついた。

そして、イカたこは結論を出す。文字が書かれているレリーフの上にはカバーみたいな板があったのだ。

場所が書かれている方のレリーフのカバーは何処かで取れた。そして、そのカバーとレリーフは溶接されている。熱によってだ。

全てが繋がった、とイカたこは思った。

 その溶接をしたのはじおすだ。じおすが、レリーフを隠そうとしたのだ!

 イカたこは興奮した。心臓の鼓動が早まるのを感じる。つまり、つまり。イカたこは自分の考えの結論を出す。

 イカたこは空間へ飛ばす秘密道具を取り出す。様々な邪魔な人間を葬ってきたその道具を。ダイヤルを回し、調整する。

上にあるカバーだけを別空間へと飛ばす為にだ。そして、秘密道具を押し当てるとレリーフのカバーが飛ぶ。

あの忌々しい『Do not pass this to that man. (これをあの男に渡すな)』の文字はもう見えない。

その下に隠されていた、古代文字の書かれたレリーフが顔を出した。

 

「素晴らしい……」

 

其の十八

呆然。何もすることもなく、ドラえもんとジャイアンはただボーッとイカたこの部屋にいた。

ドアの近くには相変わらず気絶したすずらんがいて、机の上の「注文の多い料理店」もそのままだった。何も変わっていない。

イカたこがいない以外は。

 そんな時、廊下の方から轟音が聞こえた。何かが、倒れる音。ドラえもんとジャイアンは身構える。
この音はのび太がナグドラを倒した時の音なのだが、二人はまだ分からない。そして、足音も聞こえる。

「な、何だ?」
 ジャイアンが言う。だが、その返答も聞こえないまま、乱暴にドアが開く。

「ドラえもん、ジャイアン!」

 のび太の声。安心した、心の底から安心したという声。
のび太は右手に改造ショックガンを握りしめていたが、それを床に置き、三人で抱き合う。

安心したという気持ちはドラえもんとジャイアンの方が強かった。のび太が死んだと聞かされたからだ。
 抱き合うのをやめると、のび太は部屋を見渡した。そして、視界にすずらんと「注文の多い料理店」が入る。

 ドラえもんとジャイアンは、どうして生きていたのかを聞こうと思っていた。イカたこが戻ってこないと言ったのは嘘だった。
じゃあ今まで何をしていたのかそれを聞こうと考えていたのだ。
 だが、ドラえもんとジャイアンはそんな事を聞けなかった。のび太が、改造ショックガンを構えたのだ。

 銃口の先は、気絶しているすずらんだった。

しかも、頭。脳がある場所。当たれば、確実に死ぬだろうという場所。そこを狙っていた。

のび太は、冷酷に。

「何をするんだ!」

「見れば分かるでしょ。殺すんだよ、こいつを」

 ジャイアンの言葉にも、のび太は答える。冷酷に。
 ジャイアンは震える。ここにいるのび太はのび太じゃないんじゃないか? そんな気持ちまで湧き上がってくる。
のび太は、こんな冷酷なやつじゃない。もっとのん気で、優しい奴だった筈。ジャイアンは混乱する。

 ドラえもんも震えた。ジャイアンと同じ理由で。のび太の雰囲気が、違う。
 のび太はそんな二人もお構いなしで、引き金に手をかける。のび太はすずらんを睨みつける。

 

殺す、殺す、殺す、殺す! 殺してやる! のび太の中のどす黒い気持ちが暴れていた。

「やめろ!」

 ジャイアンは、のび太を殴り飛ばした。
のび太の眼鏡はカランカランと音を出し床に転がり改造ショックガンから発射されたレーザーが床を焦がす。

ドラえもんは、ただ驚いてその行動を見つめるだけであった。
 その場に倒れたのび太は眼鏡を拾い、すぐに掛ける。そしてジャイアンを睨みつける。

「なぜ邪魔するんだ! こいつはイカたこの仲間、しかも幹部だぞ!」
「殺す必要あるのかよ! のび太、お前おかしいぞ!」

 もう一度殴ろうとするジャイアンをドラえもんが止める。二人は睨みあう。つい数十秒前まで抱き合っていた二人が。

「いいか、僕は見てきたんだ」
「何を」 
 ドラえもんがのび太の言葉に答える。のび太の目はまだ怒りの色を浮かべている。

「じおすさんの最期を! ずっと、ずっと昔にタイムワープをして僕は見た! 名無しさんっていう人の最期も!
 村が燃やされる様子も! 全て!」

 

 のび太の目には、涙が浮かんでいた。そう、のび太は見てきたのだ。時空間へと飛ばされ、紀元前までワープして。
全ての様子を、見てきたのだ。次々と命を落としていく人の姿を。全て、全て。

 憎い―― イカたこが、憎い。じおすを殺した、名無しを殺した、村の人々を殺した、イカたこ達が憎い。憎い。憎い。憎い。

のび太の心は、愛と真実の血液で動いていた心は、今、憎しみという黒いもので埋め尽くされていた。

許すことはできない、憎い! そんな気持ちが。

 

 ジャイアンとドラえもんはのび太の言っていることがよく分からなかったが、それでも凄みは感じた。

のび太が何か、とんでもないものを見てきたのだろうということは推測できた。二人は、何も言えなかった。

 しばらくの沈黙の後、のび太が口を開く。

「イカたこは、何処にいる?」
「石版の所に……行くと言ってたよ」

 

「ああ、言ってたぞ。なあ、ドラえもん。でも場所が分からねえ」

 ドラえもんが答え、ジャイアンが付け足した。のび太はそれを聞くと、ドラえもんに向けて手を出した。そして口を開く。

「石版の場所は分かる。タケコプターを出して」

 ドラえもんは言われるがままにタケコプターを出し、のび太はすぐに頭に付ける。
ジャイアンとドラえもんもそれに釣られて頭の上に付け、のび太と共に部屋から出て廊下を走る。

 走りながらドラえもんは何かモヤモヤしたものを抱えているのを感じていたが、口には出さなかった。

口に出したら、何か大きな物に押しつぶされる。そんな変な感じがしたからだ。

 

 

 壁に穴が空いているところから三人は外に出て、タケコプターのスイッチを入れて空へと飛び始めた。 

 

 のび太の目はまだ憎しみの色に染まったままだった……

 

 

この話は続きます。

 


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