生きる 

第三章「練馬」

文矢さん

其の零

 体に冷たい風が突き刺さった。そして、吐息は真っ白に染まる。その光景は、あの頃と全く変わっていない。

違うのは、周りの状況。それだけしか、変わっていない。

 頬に涙が伝っていた。怖いからじゃない。嬉しいからでも、悲しいからでもない。ただ、涙が頬を伝っていく。自然に。それだけの事だ。

別に、僕の気持ちが揺れ動いているわけではない。

 周りを見回す。広がっているのは森林ばかり。僕の後ろには、家が建っている。それはもちろん、僕の家だ。僕と、その家族の家。

家の中は、明るく暖かい。まるで、戦争なんて別世界の事の様に。まるで、あの頃と光景が何も変わっていないかのように。

 あいつらは、どうなっているのかな。ふと、そう思う。あいつら、あの頃の友達。のび太は、死んでしまった。朝のニュースで見た。

緊急徴兵の軍であるG国の東部を攻め込んでいた軍の基地がG国に襲撃された。……そして、ほぼ全滅してしまったと。

 その事を思うと、また涙がこぼれた。今度は悲しくて。そして、懐かしくて。あいつは良い奴だった。あの頃は、いつもいじめていたけれど、

いざという時は必ず勇気があって。僕よりも。それが少し羨ましかった。

 ほぼ全滅というから、生きているかもしれない。でも、僕には信じられなかった。あいつが、そんな突然の襲撃で落ち着いた態度を

とれるわけがない。何度も冒険してきて、それはよく分かっているんだ。

「あなた、いつまで外にいるの?」

 家の方から声が聞こえる。妻の声だ。妻の名は時美。優しくて良い妻だ。僕にとっては今、唯一の心のよりどころ。

子供が生まれたらよりどころはもっと増えるのであろうが。

 僕は家の方へと歩き出した。時美は笑顔でこちらの方を向いている。あいつも友達をたくさん失った筈なのに。

時美はかなり強い人だというのが思い知らされた。

 家の中へと入る。この家には時美と僕、そして僕のママとパパが住んでいる。時美の両親は、僕と結婚する前に事故で亡くなったらしい。

だが、そんな心の傷は時美には見えなかった。

「また、外の風に当たってたの?」

「ああ」

 この庭の景色は、学校から見た裏山にそっくりだ。もちろん、場所は全く違う。動物がたくさんいて、夏に入ると涼しい。

戦争が始まる前に買ったものだ。

 僕は自分の部屋へと歩き出した。時美はパパとママの方へと歩いていく。僕に気を使ってであろう。僕の部屋は二階にある。

階段を上がっていく。そして、僕の部屋に入る。

 部屋の机には写真立てが置いてある。毎日毎日、必ずその写真を見る。写っているのは小学生の頃の

僕とジャイアン、静ちゃん、のび太、そしてドラえもんの五人。

 俺はジャイアン、ガキ大将―― ジャイアンの下手糞な歌が脳裏に蘇る。のび太のあの泣き顔が脳裏に蘇る。

静ちゃんの笑顔が農地に過ぎる。ドラえもんの道具が頭の中に浮かぶ。

 スネ夫、野球やろうぜ―― この写真を見ると、幾つもの言葉を思い出す。懐かしい練馬区の景色も。懐かしい学校も。

何もかもが、懐かしい。練馬。

「戻りたいなぁ、あの頃に」

 

其の壱

夜は瞬く間に過ぎ、朝を迎えた。いつもと変わらない朝。この日差しは、あの頃と変わらない。自然現象だけは、あの頃とは

変わらないんだ。でも、そんなに明るい気持ちではない。

 階段を降り、リビングへと向かう。パパとママはもう起きていて、テレビを見ているだろう。時美は朝食をつくっている最中だろう。

それがいつもの風景だ。 僕の今の気持ちを癒すには、そんな暖かい家庭の風景しかない。時美がいないと、僕はこの状況に

耐えられなくて自殺してしまうかもしれない。何度もそう思う。

 リビングのドアを開いた。そこには予想した通りの光景が広がっていた。パパとママは「おはよう」と挨拶をしながらテレビを見ていた。

時美はやはり台所で朝食をつくってくれている。

 僕は時美に「おはよう」といい、リビングにあるソファに座る。テレビにはニュースが放送されていた。今の時代、

テレビではニュースぐらいしか見るものがない。

 そして、ニュースのキャスターが喋りだした。丁度、次のニュースを喋りだす時のようだ。パパとママは雑談をしながらニュースを見ている。

何故か、それが気になった。

『山本総理大臣が、射殺されました』

「え……?」

 このリビングにいる、全ての人がテレビに釘付けになる。時美は一旦、料理を中断してまでテレビの前までやって来た。

キャスターも驚いた様子だった。パパとママはいつの間にか雑談をやめている。

『山本総理大臣が二十一日昼、ガリベン氏をリーダーにしたクーデターにより、射殺されました。これにより、総理大臣はガリベン氏に変わりました』

 キャスターの方も混乱しているらしく、細かい所が抜けていた。だが、大体の事は分かった。その後、キャスターは細かい点を

言い始める。パパとママはまだその事をもっと知ろうとしていたが、僕はも頭の中でこの事件を考える方向へと向かっていた。

 山本総理は戦争をずっと進めていた。という事は、戦争反対派の奴らが殺した。ガリベンという奴が殺し、ガリベンが総理となる。

という事は戦争は、終わる……

 体中で喜びを表したい気持ちだった。戦争が終われば、戦争が終わりさえすれば避難していたあいつらとも会える。

ジャイアンも戦争には参加せずに田舎の方へと行ったと聞いている。静ちゃんも、田舎とかに行っている。会えるんだ。皆に。

 でも、のび太はいない―― そう考えると、暗くなる。感情のゆれが激しい。長年、生きていく中でそんな風な思考になってしまったのであろう。

 ガリベン……? その時、何処かで聞いた事がある事に僕は気づいた。あの頃、僕等が一番、幸せだった頃にいたあいつ。

段々と思い出していく。頭が良いのに何故か僕達と同じ中学に進んだあいつ。

 完全に、思い出した。いつもテストがクラスで二番だった。出木杉には勝てなかったけど、頭はかなり良かった。ガリベン。

そうか、あいつがクーデターを起こしたのか。

 がんばって欲しい。心の底からそう思った。ガリベンに戦争を止めさせて欲しい。そんな気持ちがあふれ出していく。

無愛想だが、根は良い奴という記憶がある。大丈夫だ。あいつなら。

 そして、何も変わらずに時間は過ぎていき、夜となった。今日は庭には出ない。気分が良いからだ。

庭に出るのは気分が悪くなった時と自分の中では決めている。

 夜のニュースを見る。すると、信じられない事が放送されていた。希望にあふれていたこの日に、こんな事が起こるなんて。信じられなかった。

嘘だと信じたかった。

 ガリベンが、総理になったその日から殺されるなんて―― 何もかもが真っ白になった。あの頃の平和が戻ってくると期待したのに。

どうして。どうして。

 僕は時美に言う。

「少し外に出てる」

 

其の弐

 これは夢なのか。気がつくと、僕の体はあの頃に戻っていた。外から差し込んでくる暖かい日差し。周りを見渡すと、

小学生時代の僕の部屋だった。ベッドもあの時と同じだ。

 ベッドから体が自然に起き上がった。窓から外を見ても、あの頃に見た光景と同じだった。体は自然に動いていった。

もう何度も何度も、この事を繰り返しているからであろう。

 今日の日付をカレンダーで確認する。部屋にある日めくりカレンダーは日曜日を差していた。学校は休み。頭の中で

あの頃の事を思い出す。確か、日曜日は毎週のようにジャイアンと野球をやっていたっけ。

 僕は着替え、野球用の道具を詰め込んだバックを用意した。そして、インターホンの音が鳴り響く。多分、ジャイアンだろう。

そしてもうすぐ、ママが出る。

 玄関の方から声が聞こえた。ジャイアンと何か喋っているようだ。ジャイアンのあの声が聞こえてくる。そして、ママの「スネチャマ」の声。

野球バッグを抱え、玄関へと走り出した。

 玄関にはジャイアンがバットを持ちながら待っていた。

「おう、スネ夫。早く行こうぜ」

「分かった」

 僕はそう言うと、靴をはき外へと出て行った。外の風景もあの頃と何も変わらない。横を安雄とはる夫が通り過ぎていった。

何もめぼしい物が無かったからか、ジャイアンは無視していた。

 あの頃と同じように、のび太を呼びに行く。のび太の家の前までの道はジャイアンが先導していた。さすがに僕は

そこまでは覚えていなかった。

「お〜い、のび太」

 ジャイアンがのび太を呼ぶ。窓を開けて、ドラえもんの顔が見えた。青い雪だるまみたいなあの顔。その顔がかなり懐かしかった。

「やぁ、ジャイアンとスネ夫。野球?」

 ドラえもんのあのドラ声。ジャイアンはそのドラえもんの言葉に頷く。ドラえもんは窓を開けたまま、部屋の中に入った。

そして、少し経つと外へと出た。

「今、起きたから少し待ってて」

 多分、今のび太は急いで着替えている最中なんだろう。何分か待つと、着替え終わったのび太がピカピカの野球道具を

持って出てきた。野球道具がピカピカなのは大切に使っているからではなく、ほとんどボールに触っていないからだ。

 何もかもが懐かしかった。そして、空き地へと三人で行く――

 

 その時、目が覚めた。やっぱり、あれは夢だったんだ。

 何故か、涙が止まらなかった。

 

其の参

 戻りたい、あの頃へ。夢の中でみたあの光景。そうだよ、これが日常だったんだ。今の状況じゃ絶対に無い光景。

あれが、あれが、あれが普通。僕の戻りたいという気持ちが体の中で抑えきれなくなっている。

 また、あいつらに会いたい。また、あいつらと共に笑いたい。ベッドの上で、その言葉が何度も何度も駆け巡った。

戦争に怯える生活も、もう嫌だ。

 じゃあ、どうやったら戻れるんだよ―― あの頃の僕の声が、頭の中で聞こえてきた。何事もリアルに考えたあの頃の僕。

そして、この意見は的をついていた。さすが僕といったところか。

 どうやったらあの頃の幸せを、日常を取り戻せるか。それは課題だった。つまり、戦争をどうやって終わらすのか。終わらなきゃ

あの頃の人に会えるわけがない。

 どうやったら、どうやったら、あの頃へと戻れるんだ。頭の中で、「無理」という言葉でこの考えを終わらせても良かった。

だが、終わらせたくなかった。

 その時、サイレンの音が鳴り響く。……空襲だ。G国が、攻めてくる。体中に鳥肌がたち、顔が青くなるのを感じる。怖い。

死にたくない。怖い。

「あなた! 早く逃げましょう!」

 時美が急いで僕に言う。パジャマのままだったが、僕も寝る時の格好のままだ。僕は時美に対して頷いて、走り出した。

それと同時に時美も走り出す。

 ママとパパの部屋は一階にある。階段を降りた時にはもうすでに起きていた。時美は「早く行きましょう!」と言い、四人ですぐ、

家を出て行った。

 全力で走る。後ろも振り向かず。怖くて。空から聞こえてくるのは戦闘機の飛ぶ音。横を見ると、時美が一緒に走っていた。

その時、違和感を感じる。

「ママと……パパは……?」

 時美もそれに気づいたらしく、足を止めた。後ろを振り向くと、パパとママは家の前で靴の紐を結んでいた。

そして、上を見ると戦闘機がパパとママの真上にいる。

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。戦闘機、狙っているのは違うよね。他の所だよね。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だぁぁぁぁ。

「お父さん! お母さん!」
 時美の声。僕も、必死で叫んでいた。だが、パパとママには届かなかった。パパとママとの距離は、遠すぎた。

まるで、これがもう帰られない運命だったというように。

 頭の中で歯車の映像が浮かんでくる。かみ合った歯車の映像。

「ああああぁぁああ!」

 僕と時美の叫び声が重なり、戦闘機から爆弾が落ちた。爆弾が地面に落ちるまで、何故かスローモーションに思えた。

ゆっくりと地面に落ちていき、ママとパパはそれに気がつかない。

 爆音。爆風で僕等は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。痛さが体の奥底まで浸透していっていた。

そして、パパとママがいた所を見る。そこには、何も存在しなかった。

 パパと、ママ。いつも、僕を励まして褒めて、時には怒ってくれた。目から何粒もの涙がこぼれだす。

時美は、口を押さえてそっちの方を見ていた。

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。夢だ。夢だ。夢だ。夢だ。早く。早く。早く。早く。早く。覚めてくれ。

頭の中ではその言葉しか浮かばなかった。

 本当は理解しているんだ。もう、パパとママは戻らないという事なんて。本当は。本当は。知っているんだ。馬鹿じゃないんだから。

 スネ夫、男は強くならなきゃいけないぞ―― パパ。

 スネちゃまは賢いザンスねぇ―― ママ。

 終わった。何もかもが。全部。空襲のせいで。G国のせいで。

「あああああああ!」

 出てくる声は、その叫び声だけだった。

 

其の四

 何も信じたくない。誰も死んでいない。G国が攻撃してきたなんて嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。これは夢なんだ。誰か引っ叩いてくれ。

絶対に、これは夢なんだ。

 いくらそう自分に思い込ませようとしても、何も変わらなかった。目の前に広がるのは、G国によって破壊された風景だけ。

そして、僕の横にいるのは時美だけ。ママとパパは、いない。

 僕の心の、大事なパーツが抜けてしまった。頭の中では、信じたくない気持ちと、「これが現実なんだ」という二つの気持ちが

グルグルと渦巻いていて、それが逆に本当の事なんだという実感させてしまっていた。そう、これは本当の出来事なんだ。

 時美は泣いていた。僕も、泣き出したかった。でも、それはできなかった。僕まで泣いたら、時美を勇気づける事なんて

できるわけがない。必死に、必死で涙をこらえた。でも、心の中では悲しみにくれていた。

 G国の戦闘機はもう消えていた。近くにあった建物も、森も、何もかもが消え去っていた。何が目的だったのかも分からない。

もしかしたら、戦闘で余った弾薬の処理かもしれない。どんな理由でも、そのパイロットを僕は許せなかった。

「時美、行こう」

 声が震えていた。でも、歩かなければ凍死してしまう。街まで行って、助けてもらわなきゃ。時美は頷いて立ち上がった。

幸い、僕と時美はケガをしていない。心の傷はあるけども――

 辺りに広がる火薬の臭いが鼻につく。これが、戦争なんだ。そんな嫌な思いが頭の中に広がっていっていた。あの頃に、

戦争ごっこをした事があるけれど、戦争がこんなにムゴイものなんて、知らなかった。

 半日程歩き、足が棒になった頃にやっと近くの街についた。お金は、無い。銀行を探して、お金を引き出せばいいから

あまり心配は無いのだが。

 そして、銀行でお金を引き出しホテルに泊まった。ベッドに入ると、すぐに眠気が襲い、そして眠った。ぐっすりと。

 

 夢。僕は明るい世界にいた。横を見ると時美とパパとママがいる。向こうには、黒い世界が広がっていた。そして向こうの

黒い世界には人の顔が見えた。

 あっちにはのび太がいるのが見えた。そして、ガリベンと出木杉もいる。そして、あっちへとパパとママが歩いていく。

その時、やっと分かった。

 あっちの世界は死の世界なんだ。パパとママを引き止める事は出来なかった。そのまま、あっちの黒い世界へと行っていく。

止めることすら、僕には出来なかった。

 横を見ると色々な人が歩いて行っていた。兵隊さん、何処かの夫婦。子供。王様。ゆっくりとあっちの世界へと行っていた。

戦争で亡くなってしまったのだろう。

 そして、横を見ると時美も歩こうとしていた。時美まで行ってしまったら、僕は、僕は。僕は――

「時美! 行くなぁ!」

 

 そこで目が覚めた。横を見ると、時美はすやすやと寝ていた。そこでやっと安心した。良かったと心の底から思った。

「もう、行かせたくない。誰も……」

 

其の五

 本来なら、パパとママの葬式をやるべきなんだろう。僕も何度かそう思った。だが、この戦争の世の中でそんな事が出来るわけはない。

時美と話し合って、戦争が終わってからパパとママの葬式をやるという事に決まった。

 そして、とりあえずこのホテルにしばらく泊まるという事も一致した。安全とはいえないが、家なんかすぐに造れるものじゃない。

それに戦争の時なんか何処だって危険に決まっている。

 時美は外に出て、必要な着替えとかを買ったりしている。今、このホテルの部屋にいるのは僕だけだ。服は昨日と全く同じだ。

昨日の爆撃の為か、少し汚れていた。だが、それを洗濯する気にはならない。

 パパとママの死について思い出す。あまりにもあっけなかった。戦闘機が、少し爆弾を落としただけで、死んじゃったんだ。

ママとパパの悲鳴すら、聞こえなかった。思い出すだけで、涙が目からこぼれだす。僕の大切なものが壊れたような感じだ。

 また僕から大切なものが消えていくんだろう。でも、時美だけは、消えてほしくなかった。自分の傍に、いてほしかった。

自分と共に、生きてほしかった。

 では、どうしたらいいか……? 簡単。戦争をやめさせればいい。戦争が無くなれば、病気とか事故ぐらいしか死が訪れる心配は無い。

ここまではいつも考えていたんだ。

 どうしたらいいのか。これが問題だった。パパとママが死ぬまで、ここで全部をやめていた。でも、パパとママが死んだことによって

もうここでやめるわけにはいかなくなった。頭の中で、必死に考える。

 スネ夫のパパは色々な人と友達でいいなぁ―― 頭の中で、あの頃ののび太の声が聞こえてきたような気がした。

「僕のパパは色々な人と友達」そうだ。いつも、のび太とかに自慢してたんだ。

「それなら……」

 ホテルの備え付けの電話を取る。電話番号はハッキリと覚えていた。パパの「友達」だ。政府の重役である、「友達」なんだ。

そして、電話が繋がる。

『はい、こちら日本国通信部』

 電話の向こうから、声が聞こえてきた。あの時に聞いた声と全く同じだ。あまりにも上手くいきすぎで少し、怖かった。

だけど、怖がっている暇は無い。すぐに、相手に対して返す。

「骨川スネ夫です。通信部部長の神谷さんでしょうか」

『ほっ骨川さんの息子さんですか! はい、神谷です』

 神谷さんは少し驚いたような様子だった。やはりパパは凄い。こんなところでそれを実感するなんて思いもよらなかった。

「明日、会いたいんですが」

『明日……。休憩時間なら会えます。何の用件でしょうか?』

「やってもらいたい事が、あるんです」

 心臓の音が耳に届く。落ち着け。落ち着くんだ。

『それは?』

「戦争反対運動です」

『……!!』

 電話の向こうからは驚いた神谷の様子がよく伝わってきた。計画は、頭の中でもう出来上がっている。

 

其の六

「いきなりの電話ですみません」

 僕は今、建物にいた。この建物は、日本の政治が行われている場所らしい。ニュースでやっていた、ガリベンがクーデターを

起こした場所。その場所はこの建物の第一会議室と案内人が言っていた。

 目の前にいる神谷さんは、色々な資料を用意していた。僕が昨日、電話で言った事がちゃんと受け入れられて無いのかもしれない。

神谷さんは戦争肯定派では無かったと思っていたのだけど、外れたのか。

 緊張している。こんな緊張感は、結婚式以来だ。つくづく、僕は神経が細い。のび太とかよりは太いと思うけど、

ジャイアンとかとは比べ物にならないだろう。

 神谷さんは、休憩時間は午後三時四十五分から五十五分までと言っていた。もう、四十七分になっている。早く話を済まさないと

勤務後になってしまう。そう思った矢先に、神谷さんが口を開いた。

「その、戦争反対運動とはどのようなものなのですか?」

 少し声が震えているような気がした。多分、この建物の中だから聞かれたらやばいと思ったのだろう。そんなの気にしなくていいのに。

それとも、そんな事を言っているだけでお咎めを受ける程、今の建物の内情はやばいのか。

「通信部の方々に、ストライキをしてもらいます」

「え……!」

 神谷さんはかなり驚き、しばらく喋る事が出来なかった。ストライキ、僕がそれで思い出すのはパパが「子会社がストライキしやがった」と

言っていた事だ。その時は意味が分からなかったが、大人になるとどんだけ大変な事なのかが分かった。

そう簡単には決意できないだろう。そんな事、僕は分かっている。だけど、これをやらなきゃいけないんだ。

 スネ夫は話し上手だよなぁの―― そう、僕は話し上手だ。神谷さんは驚いている。とすると、僕はここで少し押しとかなきゃいけない。

昔ののび太達言葉が僕に力を与えてくれるような気がした。

「通信部というのは、日本の外交や戦場からの情報などを受け渡しする重要な部です。

そこを

「戦争をやめないとストライキを続ける」と主張すれば上の方も戦争をやめるのではないでしょうか。

講和と敗北、どちらがいいのかは分かっている筈です」

 少し長ったらしい気がするが、理論はこんぐらいの方が説得力がある。神谷さんは納得しかけているような顔に見えた。

よし、いけるぞ。もう少しだ。

「とても危険な事と分かっています。しかし、このままでは戦争が何時まで続くか分かりません!」

「……分かりました」

 しばらく間を置き、神谷さんは言った。やった。やったぞ。

「しかし、通信部の奴らが納得するかどうか……」

「パパの遺産が残っています。失敗した際は、そのお金を配ります。そうすればクビになったとしても大丈夫です」

 パパの会社は、かなり大きな会社だ。僕も今、その会社の重役にいる。その会社の金を使えば、一億円ぐらいなら用意できるだろう。

これなら、これなら大丈夫だろう。

 神谷さんは頷き、通信部へと戻っていった――

 

其の七

「我々は、戦争に反対する!」

 そう叫びながら、街を練り歩いた。とりあえずは、時美と僕が泊まっているホテルがある街である。

手には「日本は戦争を今すぐにやめるべきだ」と書いてある。昔から、こういう時はこうやって反対運動をしている。

パパと他の国に行った時に、見た事がある。

 何人かの人が後ろでも叫んでいた。仲間がいるというのは心強い。もしかしたら、僕はこういう才能もあるかもしれない。

いや、あるのだろう。「さすが僕」と叫びたくなる。気持ちが一気に明るくなった。

 神谷さんは恐らく、ストライキを実行してくれているだろう。してくれなかったら、この計画が破錠する事になるが多分、

大丈夫だ。神谷さんのあの目や言葉からすると間違いなく、反戦争派だからだ。しかも、そこに僕の説得もついてだ。大丈夫。

一応、昼頃に電話をかけておこう。

 街中の窓から、人の顔が覗いていた。ここまで堂々と「反戦争」を叫ぶなんて、今までには無かったのだろう。

少し納得したような奴らが後ろについてきて、同じように「反戦争」を叫んでいた。

「君達! 何をやっているのかね!」

 警官が、俺の前に立ちふさがった。腐った奴め。僕達がどんだけ高貴な事をやっているのかも理解できないのか。

国からの命令、下らない。戦争なんて最悪な事だ。学校で習っただろうが。

 僕達は警官を睨みつけた。下手に暴力をやってしまったら全てが台無しになってしまう。力なんかで解決できる事なんかないんだ。

ジャイアンだって皆に憎まれていた。いや、ジャイアンは人望があったが。

「何処がいけないんですか? この国では言論の自由はある筈です」

 僕が落ち着いて言った。これに反論できる程の頭がお前にあるか。国の犬が。しかも、こいつは野良犬だろう。

ゴミ箱をあさって、その中にある生ゴミを食う。そんな姿がお似合いだ。

「うっうるさい! 国に反対する気か!」

「法律は知っていますよ。「言論の自由」のところは改正されていませんでした。あなたの知ってる法律は何処の国の法律ですか?」

 完璧な反論だった。周りの奴らはほくそ笑んでいる。「いいぞ兄ちゃん」と叫ぶ奴もいた。警官は何も言えなかった。よし、これでいいぞ。

さすが僕。ざまあみろ。こいつは反論なんか出来ないだろう。

「それじゃ、行こう!」

 僕がそう言いながらまた歩き始めると、後ろの奴はまた「戦争反対!」と言い始めた。中々、良い奴らが揃っている。

うん、最高だ。こいつらは。根性がある。まるで僕みたいだ。

 そしてまた歩き出し、今日はそれだけで日が暮れた。日が暮れると解散し、僕は時美のいるホテルへと戻る。暖かい時美が

待ってくれているのだ。僕はかなりの幸せ者かもしれない。

「時美、ただいま」

「おかえり、あなた」

 時美はホテルの備え付けの台所でメシを作っていた。もう、僕達の部屋みたいな感じだ。お金はいくらでもあるのだから、

結構長く滞在していてもホテルの人からは何も言われないだろう。

 料理が出来上がるまでもう少し、時間がかかりそうだ。神谷さんに電話をしようと思ったが、ストライキをやっているのだから

通信部の電話は全て電源を切ってあるであろう。良かった。今、気がついて。

 テレビを付ける。昔ならこの時間にバラエティ番組がやっているのであろうが、ニュースだ。それだけ。

戦争中にそんな番組をやるのは不謹慎だと思うし。当然の事だ。

『続いてお伝えします。我が国の外交・情報の受け渡しなどをやる通信部が、今日未明、ストライキを実行しました』

「やった!」

 思わず叫んでしまっていた。時美が少し驚いて話しかける。

「どうしたの?」

「僕が頼んだストライキを、神谷さんがやってくれたんだ!」

「凄いじゃない!」

 時美は喜んだ顔で僕に言ってきた。時美は頭が良いからこの事の意味が分かっているのだろう。

そして、僕のデモが広がっていけば戦争を止める事が出来るかもしれない。いける。いけるぞ。

 戦争を、やめさせるんだ――

 

其の八

 運動を、続けた。通信部のストライキを始めてから一週間が経ったが、政府はまだ決断を下せなかったらしく、

まだ通信部のストライキは続いていた。

 ニュースではそれによる日本の戦況の悪化も騒がれている。政府が「戦争をやめる」という決断を出すのも時間の問題だろう。

そして、僕はあれから一週間、ずっと外で運動を続けていた。街を移動しながら、そして、どんどん戦争反対と叫ぶ人が多くなっていく。

僕の影響力は物凄い。

 そして、今日は都市を回る。この都市から少し行ったら、あの政治の行われている建物へと着く。ここでやったのなら、

かなりの影響があるだろう。そして、歩き始める。

 後ろからは何人もの人がゾロゾロと着いてくる。そして、皆が「戦争反対」と叫んでいくのだ。この街でも、新たに色々な人が着いてくる。

戦争なんて、絶対に嫌だ。このデモ行進は、かなりの価値があることなんだ。その確信を強める。

 そして、昼の休憩時間に入る。一回、デモ行進をやめて近くの店で飯を食べるのだ。看板を一つの袋に集め、弁当を持ってきた

見張り役の奴に預ける。僕等はこの街の店とかで食べるのだ。

 携帯電話が鳴り響いた。携帯電話を見ると、それは時美からの電話だった。僕は慣れた手つきで受信する。どうしてであろうか。

特に時美は僕に電話をかけるような事など言っていなかった。

「はい。何?」

 携帯電話が、僕の手から零れ落ち、地面へと叩きつけられた。体は、まるで地震が起きたみたいに震えていた……

「本当……なのか?」

『嘘なんてついて何になるんだよ。何なら、声も聞かせてやろうか』

 電話の向こうから聞こえてくるのは自信満々で悪そうな声。声の持ち主は誰だか分からない。

ただ、一つだけ言えるのは「時美は奴らにさらわれた」という事だ。体も、声も、何もかもが震えていた。

「何が、目的なんだ?」

『おっ物分りがいいな。それでは言おうか』

 奴は少し間を空けた。金が目的だろう。僕がデモ行進しているという事は誰でも知っている。僕が名前を出してやっていたからだ。

調べようと思えばいつだってあのホテルへと辿り着ける。

『あんたが、デモを止めることだよ』

「なっ……!?」

『受け入れないのなら、あんたの奥さんがどうなるか……』

 時美の笑顔が頭の中に浮かんできた。あの笑顔が、失われてしまうかもしれない。頭が、フル回転する。心臓がバクバクいっていた。

「分かった。僕はデモから降りよう」

 時美の笑顔は、失いたくない。

『OK。それじゃ、自由にしておくぜ』

 あの時の練馬は、僕には取り戻せなかった――

 

この話は続きます。

 

「生きる」シリーズ第一章、第二章ともに読ませてもらいました。これも続きが楽しみです。
俺もシリアスに挑戦しましたが経験が少なくて中々……
20点

ケイジさん

すごい〜〜!?私はこーユーのかけませんよ。(つーか向いてない)

文矢さん>うわ〜、私はほとんど守れてないですよ;;

20点 すずらんさん

 

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