RAGNAROK
―悪夢から醒めて―

襟欠さん 作



 「さぁ、早く乗って!」

 ドラえもんがのび太に手を差し伸べる。その丸く、白い手を、のび太はしっかりと掴んだ。
その後に続き、チーコも乗り込む。響くヘリコプターのエンジン音。

彼らは今まさに、悪夢から醒めようとしていた。

 『セントバーナードシティ』――地獄と化したこの街は、もうすぐ消滅する。そして、生き残った者達を乗せたヘリが今、離陸した。
ドラえもんは窓から外の景色を見た。惨劇の舞台となった街が、眼下に広がっていく――。





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ワンニャン国首都ランドシーア 国道12号線 PM 5:05





 「全く……今週は休暇の予定じゃなかったのか?」

 目前に迫った休暇を取り消され不満を口にしているのは、【ワンニャン国国防空軍第6航空師団第69飛行隊隊長】メイス中佐。
軍のなかでも人望、信頼、共に厚いベテランパイロットだ。

「まあ、こういうこともありますって。隊長」

 休暇返上で呼び出され、不機嫌になっているメイスをなだめるように、彼の隊の四番機パイロット、コーラム少尉が言った。
コーラムはまだ22歳と若いが空軍の仕官学校を主席で卒業した、正にエリートパイロットだ。

 

 そんな2人が2時間以上ヘリコプターと車に揺られ、辿り着いたところは大統領官邸だった。

ここまで乗って来た高級車から下ろされ、官邸内へと案内される彼ら。何も知らされずに連れて来られた軍人2人は混乱していた。

「た、隊長、なにか問題でも起こしたんですか?」

「バ、バッカ! お前こそ、なんかやったんじゃないのか!?」

 まさかこんなところに来るとは思ってなかったメイス達は、不安を抱えながら案内されるままに歩いていった。
案内役の男がある一室の前で止まり、ドアをノックした。

「大統領、メイス中佐とコーラム少尉を御連れしました」

  男がそう言うと、ドア越しに「通してくれ」という声が聞こえてきた。それは間違いなく大統領の声だった。
会見時のニュースなどで何回も聞いている。聞き間違えるわけが無い。メイス達は顔を見合わせ、もう一度確認し合った。

「本当に大丈夫なんだろうな? 何も、やってないよな?」

「思い当たるふしはないです……多分」

「多分って何だよ! 多分って!」

 言い合っていると、ドアの方向からまた声がした。
二人は同時にその方向を見る。そして、案内役の男が、未だ落ち着かない中佐達のことは気にしていない様子でドアを開けた。
 部屋の奥には深刻な顔をして座っている大統領の姿があった。メイスは恐る恐る中に入る。コーラムも彼に続く。

「え、あ、いいい、一体、ど、どど、どのようなご用件……でしょう……か……?」

  声を震わせながら、メイスは言った。その横で、コーラムは「隊長頑張れ」と言いたげな視線をメイスに送っていたが、
無論、メイスはそれに気付いていない。

「楽にしてくれ。君達に問題があってここに呼んだのではないんだ」

「へ?」

 メイスは素っ頓狂な声を上げた。コーラムもきょとんとしている。大統領はため息を一つついた後、重そうな口を開く。

「……セントバーナードシティを知っているな?」

「ええ。あの、国イチの大きさを誇るスタジアムがある街ですよね? それがどうかしたんですか?」

「つい先程、緊急事態警報が発令された」

「何ですって?」

 ただ事ではない――。メイスは一瞬でそう感じた。彼の横にいるコーラムは何がなんだか分からない様子で立ち尽くしていた。
2人の頭のなかは真っ白だった。

大統領官邸に呼び出され、突然すぎる報告。情報がほしい。

メイスは大統領に詰め寄る。

「一体、何が起こったんです? その御様子では、ある程度の情報は入っておられるのでしょう?」

 大統領は黙ったまま俯いた。メイスは、ただただその姿を見ていた。明らかに態度がおかしい。

「我々は……なぜ呼ばれたんです?」

 沈黙。短いのか、長いのか。分からないぐらいの時間の後、口を開いたのはコーラム中尉だった。
しかしその内容は、とくにとりとめも無いものだった。

「そういえば、グレッグ大尉とナタリア大尉がいませんが……。2人は?」

「その2人なら、遅れて来るそうだ」

「そ、そうですか……」

 コーラムは少々たじろぎながら返事を返した。直後、メイスが再び訊く。

「大統領、我々が休暇返上で呼ばれた訳は何ですか? 失礼は承知ですが、是非、貴方の口からお聞きしたい」

 メイスの言葉に、大統領は静かに頷く。

「……分かった。だが、ここで話す事は全て口外を禁ずる」

「分かりました」

 メイスは凛とした態度で返答した。コーラムもそれに続く。

「今日の未明、スタジアムではイベントが開催される予定だった。しかし、直前になってそれは中止になった」

「……」

「その時の通信記録を見たが、かなりの混乱状況に陥っていた。なんでも、観客の一部が暴徒と化したらしい」

「……しかし、あれほどのスタジアムでイベントが行われるのであれば、警備員も大勢いたはず。簡単につまみ出せたのでは?」

 大統領は、相変わらず深刻な顔をしていた。メイスは、薄々と既に取り返しのつかない状況になっていると感じた。
実は、彼はそのイベントの詳細については既に耳にしていた。彼の娘が、そのイベントの主役である歌手の大ファンなのだ。

 それも相当なもので、彼女の部屋の壁には、歌手のポスターまで貼られており、コンサートも欠かさず観に行くほどだった。

 

 しかし、今回はどうしてもスケジュールが合わなかったらしく、泣く泣く断念したらしい。
正に災い転じて福となる、といったところだろうか。だが、この件はそれだけで片付かない事態になってしまっているらしい。

「私も最初はそう思った。これを見るまでは――」

 そう言いながら、大統領は引き出しを開け、小型のリモコンを取り出す。そして、部屋の隅にあった液晶画面に向けてスイッチを押した。
それとほぼ同時に、メイスたちが入ってきたドアが開き、制服を着た2人の男女が飛び込んできた。

「申し訳ありません! 遅れました!」

「ぐ、グレッグ大尉! ナタリア大尉も!」

 息を切らして謝りながら慌しく入ってきたのは、コーラムの言っていた2人であることに間違いなかった。
どちらも腕の立つ、錬度の高い戦闘機乗り。彼らも、自身らの隊長たちと同じように突然の呼び出しを喰らったのだろう。

そのことを教えるように、2人のネクタイは正しい姿をしていなかった。それを見つけたメイスはククッと笑った。

「大統領、申し訳ありません……」

「ああ、いいんだ。こちらこそ突然呼び出してしまってすまなかった。事情は後で説明する。まず、これを見てほしい」

 4人は大統領の指差した液晶に目を向ける。映っていたのはスタジアムの観客席。特に変わったところは見受けられない。

「……? これは……」

「スタジアムの防犯カメラの映像だ。あと数分は何の変哲も無い映像が流れる」

「あれ? これ、今日やる予定だったシャミーのコンサートじゃないっすか?」

「その通りだ。スタジアムは既に超満員。警備員の数も尋常ではない」

 確かに、言葉どおりだった。カメラには、今か今かと待ちわびている観客と、周囲の警戒を行う警備員の姿が映っていた。
警備員の中には、観客達を羨ましそうに見ている者もいた。彼らはスタジアムの中心に背を向けている為、ステージが見えないのだ。

「本来であれば、この2分後、主役が登場するはずだった……」

「え?」

 悲鳴。それは正に唐突に姿を現した。平凡な映像が一転、オカルト映画のワンシーンへと変貌した。カメラが捉えた、地獄絵図。

 

 

温かいざわめきが、背筋を凍らせる阿鼻叫喚になった瞬間。無数に響く断末魔の声。そして銃声。
しかし、その抵抗の音は増えることなく、一つ、また一つと減っていく。それにつれて反比例する、人々の恐怖。

 最早地獄という言葉すら生温い――。そんな凄惨な光景を、無機質な眼は黙々と映し続ける。

 4人はただ立ち尽くしていた。意味が分からなかった。何故死んだ人が立ち上がり、生きている人に襲い掛かっているのか。

さらに信じられないことに、立ち上がった者達が、逃げ惑う者を食べている。警備員達も必死の抵抗を見せるが、不毛だった。
彼らはどんなに銃弾を受けても、怯みもせずに前に進む。せいぜい動きを止めるのがやっとというところだ。

 只の餌と化した生者達はなす術も無く、彼らの仲間になっていった。

「何だ……これは……」

 メイスがやっとのことで絞り出した声は本人が思っていた以上に小さかった。コーラムは既に液晶に背を向けていた。
グレッグとナタリアも直視出来ていない。当然であろう。寧ろ、これをまともに見ることの出来る人間の方が異常である。

「まるで……ゾンビ……いや、ゾンビそのものだな」

「ま、まさか、そんなバカな! こんなのあり得ない! 冗談にしてもイカれてるっ!!」

 グレッグが声を荒げた。とてもじゃないが受け入れられる訳が無い。映画やゲームの中だけでの出来事だと思っていた事が、
今まさに、現実に起きているのだ。

「諸君……信じられないだろうが、真実だ。しかも、状況は更に悪化している」

「何ですって?」

「1時間ほど前に、軍の特殊部隊を投入したが……20分前から、全部隊通信が途絶えている」

「そ、そんな……! じゃあ、生存者は――」

「恐らく……見込みは無い」

 大統領の言葉と同時に、液晶画面は砂嵐しか映らなくなった。音声も無くなり、執務室に異様な沈黙が漂った。
困惑と恐怖が渦巻く中、メイスは感付いた。

「生存者なし……それに、手の施しようが無くなった街――てことは!?」

「……そうだ。君達にはこれから、セントバーナードシティを……破壊してもらう」

 方法はもうソレしかなかった。

分かっていたのか、4人のパイロットは何も言わなかった。全員、覚悟を決めたような表情をしていた。
自国の都市を攻撃するのはあり得ない行為だが、これ以上被害を出すわけにもいかない。

 既に街全域が被害にあっている為、一刻も早く対処する必要があった。街の警官隊は文字通り全滅、軍の特殊部隊も音信不通。
隣町は厳戒態勢に入っており、全ての道路が封鎖されている。
 セントバーナードシティ以外の地域は、完全な安全が確保されていた。

残る問題は、被災地のみであった。

「時間は?」

「本日19時50分。その時刻になった瞬間、我が国の地図から1つの町が消える」

「ほ、本当に生存者は居ないんですか? もし、1人でも生きてたら原因究明の大きな手掛かりに……」

「残念だが、絶望的だ。何度か通信は試みたが、スタジアム、警察署、空港、全てダメだった。非常に心苦しいが……」

「そうですか……」

「だが、もしも生き残っている者を発見したら、すぐに報告を入れてくれ。その時は作戦時刻を延長し、早急に救助ヘリを向かわせる」

「承知しました。では我々は基地に戻り準備をします」

「うむ、君達の基地には既に連絡してある……頼んだぞ」

「了解――」

 足取り重く、4人は大統領執務室を後にした。官邸から出た彼らを待っていたのはヘリコプターだった。

「メイス中佐、どうぞお乗り下さい。基地までお送りいたします。編隊員の皆様も早く」

「わかった、ありがとう。よし、お前ら早くしろ」

 ヘリコプターは中佐達を乗せ、飛び立った。見る見るうちに遠ざかる地面。それを見ながらメイスは、ため息を一つ吐いた。


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 「作戦まで、あと1時間か」

 搭乗員待機室で、時計を見ていたグレッグ大尉は憂鬱そうに言った。そんな彼を見て、ナタリア大尉は声をかける。

「大丈夫? 辛いのは分かるけど……気を保ってね」

「分かってるよ。でもよ、本来守んなきゃいけないはずの自分の国に爆弾落とすんだぞ? これで大丈夫なほうが異常だぜ」

「……そうね」

「くそ、今は1人でも生き残ってるミラクル野郎が居るのを願うしかないな」

「ホントね。じゃあ、私、機体見てくるわ」

「いってらっさ〜い」

 隊の紅一点を見送り、熱いコーヒーを口元に運ぶ。ほろ苦い味が口に広がり、少しばかりリラックスできた様子のグレッグ。

ふーっと大きく息を吐いた後、ナタリアと同様、愛機の様子を見に、ハンガーへと向かっていった。

 

 ハンガーに着くと、顔馴染みの整備兵がせっせと仕事をこなしている。そんな彼らの姿を見たグレッグは安心した。

いつもと変わらぬ風景のお陰で、肩の力がすっと抜けていくのを感じた。

 パイロットにとって、彼らはとても大切な存在である。整備兵が常に完璧な仕事をしていてくれるからこそ、
愛機はちゃんと言う事を聞いてくれるし、安心して空を飛べるのである。

 パイロットは、整備兵を信じて空に上がるのも仕事の内なのだ。

 

 しかしそんな彼らの様子を見る限り、緊急事態の件は基地司令と副司令ぐらいにしか伝わっていないのだなとグレッグは推測した。
そんな時、不意に愛機のコックピットから声がした。そこにいたのは若い整備兵だった。

 小さい基地故、他のパイロットのはもちろんの事、整備兵も全員顔馴染みである。この若い者も例外ではなかった。

「グレッグ大尉! こっちです!」

「おっ! いつもありがとな!」

「いえいえ〜。今日もバッチリ仕上げときましたよ!」

「おお! 待ってたぜぇ、その台詞。今回も気兼ね無く飛べるってモンだ!」

「嬉しいッすね、その言葉。あれ、でも、大尉達は今週は休暇じゃなかったんですか? まぁ、整備し終わって言うのもナンですけど」

「それがよう……」

 言いかけて、グレッグは慌てて口を閉じた。口外は禁止という大統領の言葉を思い出したからである。
しかし、直ぐに知ることになるから良いだろうとも思ったが、その考えはグレッグの頭から瞬時に消えてなくなった。 

「? どうしたんすか?」

「い、いや、何でもない。とにかく、ホントサンキューな!」

「何か引っ掛かるッすが……じゃあ、自分は先に上がります。任務頑張ってください」

「ああ。帰ってきたら、一杯奢るよ。日頃のお礼だ」

「マジですか?! 楽しみにしてますよ〜?」

 嬉しそうにタラップを降りて、帰っていく若い整備兵。その背中を見送って、グレッグは軽く笑みを浮かべた。
 そして直ぐにコックピットに滑り込み、最終チェックを行う。

「……全部最高の状態だな。全く、軽い性格の癖に、仕事は一流だな」

 くくっと笑い、一度コックピットから降りる。すると、俄かにハンガーにざわめきが起こる。その原因は直ぐに分かった。

「なんだあのデカブツは……?」

 グレッグの眼に飛び込んできたのは、通常のミサイルよりも一回り大きい弾頭だった。

 

ソレの元に駆け寄ると、その場に居た殆どの整備兵とメイスたちの姿だった。

「中佐……もしかしてこれで……」

「そうだろうな。そうじゃなきゃ、こんなへんぴな基地にこんなビッグなお客さんが来るわけ無い」

 戸惑いが広がるハンガー内に、低く、伸びのいい声が響いた。

「諸君、何も言わずに、黙って話を聞いてほしい」

 声の主は国防長官だった。突然の来訪に、辺境の基地は大きくどよめく。

「ああ……
 諸君らの気持ちは分かるが、今、非常に忌々しき事態が起こっている。申し訳ないが、説明をしている時間はない。
早急に作業に入ってもらわねばならん」

「長官、作業とは?」

「今、君達の目の前にあるこのどデカイミサイル。ここに4発あるが、それぞれ1発づつ、メイス中佐の隊の機体に取り付けてもらいたい」

 再びざわめきが起こる。困惑しながらも、作業に取り掛かる整備兵達。取り付け自体は簡単で、10数分程度で完了した。
想像以上に速い作業スピードに、国防長官は驚いていた。だが、どうにも状況が理解できない整備兵達は、国防長官に詰め寄った。

「一体、何なんですか? あんなミサイル見たことありませんが」

「すまないが、それについては何も言えん。機密事項なのだ。分かってくれ」

「はぁ……」

 その後、ハンガーには中佐達4人と、国防長官だけが残った。最終的な作戦の確認の為だ。

「……ということだ。内容自体はそこまで難しくは無かろう」

「ええ、まあ」

「もう一度確認しますが、生存者等の報告は?」

「……未だ無い。だが、万が一、発見した場合は――」

「大丈夫です、早急に報告致します」

「よし……流石、優秀だな。そういえば、本来ならば今週は休暇だったそうだが……申し訳なかったな」

「いえ、仕事ですので」

「はは……いつか埋め合わせをしなければならんかな?」

「ほう? では、お言葉に甘えましょうかね」

 一瞬、ハンガーに笑い声が響いた。出撃前に和やかな雰囲気が一同を包む。だがそれも、本当にわずかな間だけだった。
直ぐに、緊張が張り巡らされる。

「さて……時間だ」



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ガルクオーランド空軍基地  午後未明



 19時10分、辺境の基地に爆音が鳴り響く。狩りをする前に、自らを奮い立たせるかのような獣の咆哮。
日も落ちて真黒な空間に、人の手によって作られた戦の鳥の息吹が響き渡る。

『こちら管制塔。サキュバス1、聞こえるか』

『こちらサキュバス1、よく聞こえるよ。相変わらずいい声してるぜ』

『お褒めの言葉ありがたく受け取るよ。タキシングを開始し、離陸準備に入れ」

『了解、管制塔。大空に挨拶だ』

 暗闇の中に、細かい光が無数に点滅。その中心を赤い炎が、耳が裂けそうな轟音と共に、帯を引く。
ジェットエンジンで翔る空の獣が、1つ2つと飛び立っていく。

『サキュバス隊、高度制限を解除、貴隊の幸運を祈る』

 管制官の声と入れ替わりに、空中管制機――AWACS――の声が耳に入る。

『こちらAWACSスネークノーズ、貴隊はこちらの管制下に入った。目標は、方位320。そのままの方位で飛行を続けろ』

『了解スネークノーズ。あんたとは初めてだな、今日はよろしく頼む。』

 聞き慣れない声に一礼し、今回の空の供に目を任せる。
彼ら戦闘機乗りにとって戦場の情報を逸早く伝えてくれる、正に『神の目』だ。この目が無ければ戦の鳥達も烏合の衆に成りかねない。

 

それほどまでに大事な存在なのだ。

 



『そういや、今回の作戦内容は伝わってるのか? どうも外に流したら一生日の光を浴びれないほど、やばいミッションらしいが』

 冗談を交えながらメイスが問う。返ってきた返事は、当然といえば当然のものだった。

『そうでなければAWACSが務まるか? 全く……長年やってるが、こんな任務は初めてだよ」

『そうだな……はやいとこ終わらせよう』

『同感だ。今の所、レーダーに機影無し。やはり、生存者は無理か」

 メイス率いるサキュバス隊は、綺麗なダイヤモンド編隊を維持したまま飛行を続けた。
このまま順調に行けば20分程で到着するだろう、とスネークノーズは言った。その後、暫く沈黙が続いた。

 それに慣れ始めた時、無線の受信を告げるブザーがコックピットに鳴り響いた。

『すまない、1つ言い忘れていた事が』

『何だ?』

『諸君らは只今より、【ハロー中隊】と部隊名を変更。なんでも、情報を防ぐ為らしいが……
 ともかく、この作戦中は君らのコールサインはハローだ』

『了解した。全機、伝わったか?』

『こちらハロー2、大丈夫ですよ。しっかり聞いてましたから』

『ハロー3、問題ありません。命令に従います』

『ハロー4了解。ちょっと、緊張してます』

『OK、スネークノーズ、お聞きの通りだ。しかし、その措置は少々遅くは無いか?』

 本来ならば作戦伝達時にとっておくべきであろう措置のはずだが、既に滑走路を飛び立ち結構な時間が経っている。
遅くても、離陸して直ぐのはずだ。もしかしたら、情報がもれてしまっている可能性もある。

 どこであろうと流されてはいけない情報だ。特に、メディアに渡ってしまったら一体どうなってしまうのか。
政府にとっては想像もしたくない事態が待っているだろう。

『いや、私が言い忘れていただけだ。すまない』

『……しっかりしてくれよ? もしもこっから漏れたとしたら、アンタも俺等も山奥で生活しなきゃならなくなるぞ?』

 面白くないな、とスネークノーズは返した。しかしそれとは裏腹に彼自身もメイスたちも、それほど深刻には考えていなかった。
 夜空を翔る4つの影が亜音速で地獄を消滅させる為に飛んでいく。既に日も落ち、辺りは真っ暗だった。

本来ならば、セントーバーナードシティの活気ある光が見えていてもおかしくない距離だった。

しかし、どんなに眼を凝らしても、所謂希望の光なんてものは見当たらない。

それどころか、真逆の方向に思考がもっていかれてしまうように、4人のパイロットは感じていた。


 そして遂に、任されていた2つの任務のうち1つは実行される事も無く、本当の目的である『消滅』の準備が始まった。

 多機能表示ディスプレイの液晶画面の端に、『Misson Start』の文字が映し出された。


『こちらスネークノーズ。作戦開始時刻だ。ハロー隊、所定の位置に着き指示を待て』

『ハロー1、了解。全機、ブレイク』

 今まで綺麗なダイヤモンドを描いていた影たちが、一斉に分かれていく。
その影は、1つ1つバラバラに散り、それぞれ別の方向へと機首を向けた。

『ハロー2より、スネークノーズ。レーダーに何かいないか?』

『いや、今のところ貴隊らの反応しか見受けられない』

『……分かった』

 ハロー2――グレッグ大尉――が肩を落としたその時、無線の向こうが急に慌しくなった。
何が起こったのかと、ハロー中隊の間に緊張が張り詰める。

『おい、スネークノーズどうした? 異状が起きたのか?』

 メイスが問いかけた数秒後、嬉しそうな声が響いた。

『その逆だハロー1。レーダーに新しい機影、空港にだ!』

 沸きあがる歓声。どうやら、メイスたちの基地の管制塔も聞いていたらしく、かなりの盛り上がりとなっているようだった。

『すぐに報告だ! 司令部に伝えろ!』

『任せておけ。貴重な生存者かもしれん』

 それからの動きは速かった。瞬時に情報が伝わり、首都の大統領官邸に朗報が飛び込むのも時間の問題だった。

『聞こえるかハロー隊、現時点で一番空港に近いのは……』

 スネークノーズの言葉は、最後まで発せられる事は無かった。彼が言い終わるのよりも早く、ハロー3が答えたのだ。

『私です! 殆ど目の前! 一度高度を下げて確認します!』

 機首を大きく下げて、空港に向かう1機の戦闘機。しかし、その搭乗員が見たのは折角の光を打ち砕くものだった。

『あ……ダメです……』

 誰もが耳を疑った。希望に沸いていた管制官や司令部の者達は、一瞬にして静まり返る。

『どういうことだハロー3? 何が見える?』

 重苦しい雰囲気が軍人達の間に流れ、広まる。先程とは打って変わって、水を差したように彼ら黙りこくった。

『ヘリポートの周りに……赤い……血溜まりが……ヘリは、フラフラと飛行しています』

 その直後、レーダーから機影が消えた。それと同時にオレンジ色の炎が高く渦巻いた。

なんともいえない嫌な、重い空気が流れるのを全員が悟る。

 

 それはまるで、彼らを取り巻いて飲み込もうとするような、黒く、ドロドロとした不快極まりない物だった。
既に光はその不快な黒い霧の中に消えてしまったのだろうか。

『……仕方あるまい。作戦を続行する』

『了解――』

『クソッ! 何でもいいからレーダーに映ってくれ!』

 悔しさのあまり、グレッグはディスプレイに蹴りを入れた。その瞬間彼のみならず、全ての者達に衝撃が走る。

『な、何だ!? レーダーに何も映らなくなったぞ?』

『強く蹴り過ぎだ、ハロー2……って、なんだ!? 俺の方のレーダーも……?!』

『まさか……これは……!? くそ! 妨害電波だ! ジャミングだ!』

 

 


 ジャミング――

 

 

 それは神の目をも曇らせる厄介極まりない存在。目には見えない目潰し。
夜は視界が悪く、索敵も困難な上、天地の感覚が分かりにくくなる非常に危険な環境なのだ。

レーダーという電子の目を失った鳥達は、突拍子も無い横槍に動揺を隠せなかった。

『どこからだ!? おいAWACS! 何が起きてる!』

『分からん! こちらも状況不明だ! 司令部! 応答せよ! 司令部!』

『ちぃ! こちらハロー1、戦場にアクシデントは付き物だがこれは強烈だ! 生存者は残念だが作戦を強行する!』

 メイスは叫んだが、おかしい事にどこからも反応が無い。普通なら何かしらの応答があるはずだが、それが無かった
。疑問に思ったメイスに、すぐさま答えになるものが彼の耳に入った。

『……だ? ……何……こ……』

 どこからともなく飛んできた妨害電波が、彼らの視覚だけでなく聴覚までも奪っていった。無線の間に入り込むノイズ。
それが、全てを混乱の渦に巻き込んだ。スネークノーズは吼えた。

「ECCM! 通信を回復しろ! このままでは作戦続行に支障が出る!」

「今やってます! しかし、敵性電波がかなり強力で……回復は可能ですが、時間がかかります!」

「どのくらいで終わる?!」

「少なくとも20分……いや25分は必要です!」

「全力を尽くせ! 15分でどうにかしろ!」

「了解! やってみます!」

 通信士が回復を試みた時、更に悪い事態が続く。

『!? これは……?』

 一瞬レーダーに映ったのは、セントバーナードシティの反対側に10数個の反応だった。ダメ元でマイクに向かって叫ぶ。

『ハロー隊、異常事態だ! 目標の反対方向から飛来するアンノウンを捕捉した! 警戒しろ!』

 奇跡的にも途切れ途切れではあるが、その無線は伝わっていた。一気に緊張感が増す夜空。
4羽の戦鳥は一気に集結する。離れ離れだった鳥達が、まるで映像を逆再生したかのように、元のダイヤモンドに戻っていった。

『なんだってこんな時に……! くそったれ! IFFが作動しない!』

 IFF――敵味方識別装置――が反応しないという事は、少なくとも謎の飛行集団は友軍ではないこと意味する。

 即ち、攻撃を仕掛けてくる可能性があるということだ。その時、突然通信音がクリアになった。
どうやら通信士が意地を見せたらしく、予想以上に早く妨害電波の除去に成功したのだ。

『こちらスネークノーズ! ハロー隊へ、交戦許可を出す。アンノウンの敵対行動を確認次第、戦闘を開始しろ! くれぐれも堕とされるな!』

『OK、任せろ。敵の機種は?』

『ヘリだ。しかし戦闘用のだ。対空ミサイルを搭載している可能性が高い。こちらでも電子支援はするが、警戒を厳にしてくれ』

『了解! サポート頼むぜ』

 メイスはセントバーナードシティ上空で戦うのは避け、そこから60kmほど南に行った所で戦闘をすることにした。一気に機体を反転させ、ヘリに背を向ける。

 

同時に、スロットルを目一杯に叩き込み、全速力で南下した。

『おらこっちだ、着いて来い』

 メイスの目論見通り、ほぼ全てのヘリが彼の後ろについて来た。ヘリ集団の前の方にいる数機が、狙いをつけて機銃を撃つ。
その攻撃を難なくかわし、速度を徐々に下げ、メイスは交戦準備を整える。

高速度での急激な機動は、機体もパイロット自身も悲鳴を上げる。そうなってしまえば、戦闘どころではない。

『御遊戯の時間だ』

 機体を捻り込んで180度旋回し、ヘリたちを正面に捉える。幸いにも今回の作戦用の弾頭のほかに、5発程対空ミサイルを搭載していた。
ヘリ相手にはあまりあるほどの威力だ。

『そら、いいもんやるぞ』

 ロックオンを告げるアラーム。そして、すぐさまミサイル発射のスイッチを押す。
 メイスの機体の左翼から放たれた矢は夜空に白い帯を巻いて、真っ直ぐヘリの1機に飛んでいった。直後爆音。
赤い炎と共に、ヘリが爆散した。

『グッキル! 隊長!』

『ハロー全機、小さい蝿をたたき落とすぞ』

『了解! ハロー4交戦!』

『ハロー3、交戦を開始します』

『こちらハロー2、これって違法行為じゃないですよね?』

『その件は心配しなくてもいいぞ、ハロー2。先程、敵性ヘリコプターからの攻撃を確認している。ハロー1がミサイルを発射する前だ』

『それを聞いて安心したよ。ハロー2、交戦!』

 いくら戦闘ヘリといえども、それよりも遥かに高速で重装備の戦闘機相手では、全く話にならない。

 瞬く間に堕ちていくヘリコプターたち。元々手足れ揃いのサキュバス隊――今はハローだが――にとってこれぐらいの相手であれば、
全く以って問題では無かった。

『ハロー2が敵ヘリを撃墜! これで14機目だ』

 ここでようやく無理を悟ったのか、謎のヘリ達は夜空の闇に消えていった。スネークノーズは汗を拭った。

『とんだ珍客が入ったが……作戦を続行。全機、持ち場にもどれ』

『誰だ? あんな無礼者に招待状渡したのは? まったく品性の欠片も無い』

『冗談を言ってる場合じゃないですって、ハロー2。時間、無さそうです』

『ちぇっ、冷たいぜハロー4』

 ダイヤモンドはまたも散り、この世界一悲しい任務を終える為、それぞれの場所に飛んでいく。
メイスとナタリアは早めに予定の地点に到着し、他の2人が持ち場に着くまで暫く上空待機となった。

『作戦予定時刻を若干オーバーしたが……大丈夫だ、問題なし』

『遂に……か』

 気が重そうにメイスは呟く。もう見る影もなくなってしまった眼下の街。

 昨日まで、いや、数時間前まではいつもと変わらず、寧ろそれ以上の活気を見せていた場所は、
今やすっかり地獄となれ果ててしまった。

 改めて原因が知りたくなるが、生存者の望みも絶たれてしまった今、それを知る術も最早無いだろう。

『ハロー1、どうした? まさか、ここに来て怖気づいたんじゃないだろうな』

『これでも軍人なんでね。任務中のそういう感情はとうの昔に捨てたよ。ただ――』

 「この街を滅ぼすほか無くした元凶を知りたい」と言おうとして、メイスはやめた。この現状でそれを言って何になる?

 全く以って不毛じゃないか。メイスは心の中で思い、消した。

 そして時間は流れ、地獄と化した哀れな街――セントバーナードシティはその2分後、完全に消滅した。

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セントバーナードシティ跡地から100km地点上空 PM8:19



 それは突然の朗報だった。セントバーナードシティが消滅した直後、神の目が遂に光を見つけたのだ。

彼らに纏わりついていたドロドロとした黒いものが取り払われていく。歓喜の矢は瞬く間に飛び抜け、光明を照らし出す。
メイスは奇跡というものをあまり信じていなかった。だがしかし、この瞬間彼の考えは180度転換した。

『神様なんてものはいないものと思っていたんだがな……どうやら、俺が間違ってたみたいだ』

『宗教にでも入るか? 奴等の下にはいつも降りてきてらっしゃるらしいからな』

『笑えないぞスネークノーズ。それよりも、通信は可能なのか? 天使様とは』

『ああ、繋がるには繋がったんだが、通信状況が劣悪なのか音声が上手く聞き取れない』

『おい、待て。それはさっきのジャミングの影響か?』

『それについては安心してくれ。その証拠に君達の声はしっかりと聞こえてる』

 本日最高のグッドニュースは、つい3分前に姿を現した。

爆発の衝撃波で電子機器が麻痺した所為で数秒ほど発見が遅れたのだが、その影は確かにレーダーに映っていた。
先程の招かれざる客とは違い、民間型のヘリコプター。

 安定した挙動とは言えないが、墜落の危険が少ない十分な高度を保っていた。
しかしその奇跡のヘリは未だ落ち着かない様子で、うろうろと飛び回っていた。

『さあ声を聞かせてくれ天使さん……』

 スネークノーズが必死に無線通信を試みる。その間メイス達ハロー中隊は、レーダーを頼りに奇跡の元へ向かっていた。

彼らの電子の目にあるのは、編隊員の機影とそのヘリだけだった。何も無い夜空を飛び、ヘリの横に着くのは容易い事だった。
 しかしヘリの方は状況が理解できずに混乱しているらしく、メイス達から離れようと機体を傾けた。
だが、所詮民間用のヘリコプター。

その機動に追いつき、先回りする事は戦鳥達には造作もなかった。

今度は逃がさないように、少々間隔を開けたダイヤモンドをヘリを中心にして作り出す。
ただ少し厄介なのが、ヘリの速度に合わせなければならない事だった。
 速度を抑えた飛行は時として、フルスロットルの時よりも燃料を消費する恐れがある。

メイスたち4人は燃料計に注意しつつ、飛行を続けた。
 そんな折、スネークノーズの声が上がる。

『よし、通信が可能になったぞ。こちら国防空軍だ、この無線が聞こえるか?』

 2,3秒程の時間が空き、返事が返ってきた。だがその声はメイス達の想像をひっくり返すものだった。

『は、はい、聞こえます』

 生還者の声は、まさかあの地獄から生き残り脱出したとは思えない程弱弱しいものだった。しかもまだ幼く、小学生の女の子のような声色だった。

『OK、いい返事だ。可愛い声のお嬢ちゃん、君のほかに、誰か乗ってるかい?』

『はい、わ、私を入れて……6人です』

 空の者達の驚きは膨れ上がるばかりだった。
よもや生存者は無しと言われたあの状況から、なんと6人もの人間が生き残り、
脱出を成し遂げた事は誰もが思いもしなかった嬉しい誤算だった。

 スネークノーズは未だ震えた声の生き残りに落ち着かせるかのような優しい声で質問を続けた。

『それじゃあお嬢ちゃん、君の名前を教えてくれ。あと、今操縦しているのは君なのかい?』

『私の名前は……静香……源静香です。操縦しているのも私です』

『シズカ……いい名前だ。では、君以外の者から話を聞こうかな。他に話せる人はいるかい?』

 スネークノーズの言葉の後、ザザッと小さいノイズが入る。直後、少ししゃがれ気味の声が無線の向こうから聞こえてきた。

『通信、変わりました。僕、ドラえもんと言います』

『ドラえもん……君たちは変わった名前が多いな』

『あ、あはは……』

 少し照れくさそうな声。スネークノーズは思わず軽く笑ってしまった。

『とにかく君達にはいろいろと話を聞きたい。とりあえず今から言う場所に……』

 スネークノーズの言葉を遮るように、無線の向こう――生存者達が慌しくなった。
 一同に緊迫感が戻ってくる。どうやらただ事ではないらしい。

『おい、どうした。何かあったのか?』

 また時間が空く。慌てふためく様子が、無線を通して戦鳥たちにも伝わっていた。もちろん神の目にも。
1,2分ほど経った後、涙声にも似た物が、ヘッドセットのマイクを通して耳に入った。

『ひ、1人負傷者が……! 病院の位置を教えてください!』

 緊張の糸は途切れることなく、彼らを締め付けるように未だ離れようとしなかった。
大急ぎで、生存者の求める場所の位置を伝えるスネークノーズ。

『今一番近い病院はこの地点から70km南にあるコーギー記念病院だ! 今、データを送る』

 スネークノーズのデータ送信と共に、警報のブザーが鳴る。まるで、生存者の登場を見計らって飛んできたタイミングで。
そして神の目に映し出された影は、本日最悪のニュースだった。

『くそったれ! このタイミング、この状況でさっきのヘリだ! ハロー隊迎撃せよ! 天使様を守り抜け!』

『何だと?! 奴等、何考えてんだ!?」

『今は余計な詮索をしている暇は無い! 小悪魔どもを叩き潰してやれ!』

『了解! ハロー1、交戦! ハロー2、ついて来い!』

『ウィルコです隊長!』

 ダイヤモンドの頂点と右端の部分が進行方向の反対へと飛んでいく。残った2つの影は、ヘリの前後に回った。

『お嬢ちゃん、聞いてるか? 後ろは気にせず全速力で病院に向かえ!』

『は、はい!』

『いい返事だ。そら、行け!』

 ヘリの全速力、しかも民間用となればその速度はたかが知れている。だが、今出来る最高の術だった。

『数は……12』

『全く、ヘリ1機にどんだけの数でかかってくる気だ? まるでハイエナだな』

『それじゃあ、ハイエナ狩りと行くか? 今夜の財布を賭けるぞ。負けた方の全額奢りだ』

『受けて立ちますよ、隊長』

 2機の音速で翔る鳥から、高速の弾丸が放たれる。一瞬にして先頭を飛んでいた4機のヘリが火を吹いて弾け飛ぶ。

だが、味方の被害に構わず、直進していくハイエナたち。

『後ろから堕とすぞ、左翼に付けハロー2』

『アイアイサー!』

 先の戦闘でミサイルは殆ど無くなってしまったが、彼らにはまだバルカン砲という矢が残っていた。
夜空に飛ぶ光弾は、次々に赤い光を生み出していった。

『最後の1機だ』

 メイスがトリガーを引く。それとほぼ同時に爆音と共に目の前が一瞬明るくなった。

『よし、終わりだ。ヘリに戻ろう』

『急げハロー1、ヘリの100km東に新しい反応だ!』

『マジか? 何処まで本気なんだハイエナたちは』

『とにかく早くヘリに戻ってくれ。今度はかなり多い』

『分かった』

 そう言ってふとレーダーに目を落とすと確かに端のほうにぽつぽつと光点が見える。

舌打ちをした後、目一杯にスロットルを叩き込み一気に最高速へと速度を伸ばす。やや反応の遅れた2番機は間を開けてそれに続いた。

『隊長! 来ました! 反応多数、20はいます!』

『それだけの数に御もてなしできるほど、ディナーは残ってない。とにかく、天使には近づけるな』

『了解、ヘリの周囲を守ります』

 運良く、ハイエナたちよりも早くヘリの元へとたどり着いたメイス達はダイヤモンドを作り直す。

『よし来たな、マナーの悪いお客様には退場願おう』

 機首を90度反転させ、敵を視界に捉える。残りのミサイルはあと1発。機銃の残りには余裕があるが、防衛戦闘となると話は別だ。

とにかく相手を護衛対象に近づけないようにする為、攻撃は最小限にとどめ、なるべくヘリから遠ざけるようにするのが現時点での仕事だ。
もし無闇に攻撃し、護るべきものに当たってしまったら元も子もない。

『いいか、深追いは厳禁だ。ヘリに寄らせなければそれでいい』

『分かってますよ隊長。何年パイロットやってると思ってるんです?』

『頼りになる返事だな』

 4機の戦闘機は生存者の周囲を飛んで、目を光らせる。一方、ハイエナの方はどうにも攻めあぐねていた。
すこしでも飛び出したら、直ぐに光の矢が飛んでくるからだ。メイス達の護衛は効果的に力を発揮していた。

『このまま乗り切るぞ。スネークノーズ、応援を寄越してくれ』

『もう手配している。君らの基地からたった今スクランブル発進した。20分もかからず到着する』

『仕事が早いな。どれ、それまで凌いでみるか』

 その時だった。レーダーに新しい影が映った。メイスたちは自らの目を疑う。

今相手にしているヘリたちの反対方向から敵の増援がやって来たのだ。
いくら相手がヘリとはいえ、たった4機の戦闘機で30を超える数を同時に、しかも護衛しながら戦うのは非常に困難だ。

『こっちの応援を急がしてくれ! これじゃ、天使様がやられちまう』

『分かった、なんとか耐えてくれ!』

 天使の左右ではさむ形でハロー隊は布陣した。戦力は分散するが、この状況ではそうする他考え付かなかった。

『お嬢ちゃん、病院に着けば流石のコイツらも尻尾巻いて逃げるだろう。とにかく全速力だ!』

『は、はい。でも、今かなり大変な事に……!』

 メイスは心の中で思い切り舌打ちをした。一体どうなっているのか聞きたいのだが、あちらにもこちらにもそんな余裕は無さそうだった。

『そっちも凌いでくれ。悪いがこちらも手一杯なんだ』

『わ、分かりました……でも、でも……血が……』

 神様とやらがいるのならば、どれだけ気まぐれなのかと是非聞いてみたい。
この短時間の間で何回希望と絶望を繰り返させれば気が済むのだろうか。その場にいた全員が神を恨んだ。
 この空の混乱を表すかのように、無線の混線が生じた。

『決してあのヘリを生かすな! 護衛の戦闘機に構わず、ヘリだけを狙え!』

 敵はこれ以上なく本気だった。だが、彼らの気迫に飲み込まれるわけにも行かない。
メイス達、軍や政府にとってはとても貴重な存在だ。

 それを狙うという事は、恐らくこの事件の元凶か、それに近い存在である事を、ハイエナたちの言動は示していた。

これは尚更天使を落としてはならない。

『ハロー1より各機、敵さんは死に物狂いだ。本気でやらないと天使を攫われるぞ』

『こっちも最初っから本気ですよ、ハロー1。奴等、この騒動を起こした張本人に違いないですね』

『そうでなきゃ、こんな事するはずないわ。今はヘリを護らないと……』

 縦横無尽に飛び回り、確実に敵を落としていく4機の戦闘機。遂にハイエナたちはミサイル攻撃に打って出た。

『くそ、レーダー照射だ! あの野郎撃ってくるぞ』

『ヘリを狙われないよう気をつけろ!』

 グレッグのコックピットにロックオン警報が鳴り響く。グレッグは機体を捻り込み、回避行動を取りつつ、敵のヘリを片付ける。

その機動にハイエナたちはたじろいだ。

『なんだ今の動きは?! コイツら化け物か?!』

『相当の手足れだ! あのヘリに近づけない!』

 そんな相手のうろたえは耳に入れず、生存者のヘリから近い敵から順々に落としていく。
爆音と共に大きく咲く赤い炎は、ハイエナたちの焦燥感と恐怖感を煽るには十分だった。

 レーダー上の光点は次々に姿を消していった。
 だが、ハイエナたちも意地を見せる。残った力を振り絞り、ミサイルの照準を合わせていく。

『ミサイルだ! 避けろハロー3!』

『見えた! 回避します!』

 夜空にのびる白い帯は戦鳥の後を追う。しかし、急激な旋回をされると途端に無力化し、行き場を失った白い帯は山へと追突した。

『振り切りました。反撃します』

 戦闘機の機銃はヘリの機動に先回りし、夜空の一点を明るくする。
ぽつぽつと疎らに一瞬だけ光る赤い光は、電子の目から消えていくことを示す。

 戦鳥達は天使を護りつつ、自身に降りかかる火の粉も払いのけていった。
螺旋状に飛び回り、軽々とミサイルをかわし即座に反撃に転じる。

『こちらハロー1、何機落としたのか分からんが、かなり数が減ってきたみたいだな』

『ええ、それに、もう直ぐ病院のある街に着きます』

 ハロー隊が編隊を組みなおそうとした時、ハイエナたちが背を向けた。その理由は明白だった。

『ハロー隊、ご苦労だった、増援が到着したぞ。お客さん達はお帰りだ』

『やっとか、随分と遅かったな』

 メイスが愚痴に似たような台詞を吐くと、申し訳無さそうな声が無線から流れてきた。

『すまなかった、どうにも機体の機嫌が悪くてな。未だに思うように動いてくれないんだ』

『言い訳はいいから、地上に帰ったら一杯奢れ。それで許す』

『……分かった。だが少し遠慮してくれ。財布がピンチなんだ』

『冗談だよ。とにかく、感謝する。あんたらが来てくれなったら、あいつ等しつこく追いかけてくるかもしれんからな』

 8つの影の大きい影が、1つの小さい影を取り囲むようにして編隊を組む。
1つの危機はここで去ったが、まだ全ての問題が解決したわけではなかった。

『パイロットの皆さん、聞こえますか?』

 どこかで聞いた事のあるような声だった。かといって基地の人間でもない。パイロット達はその声の主を思い出そうと、少し考え込んだ。
そしてその答えは、声の主から飛び出した。

『あの……私はシャミーと言います。一緒に脱出した仲間の1人が、大怪我をしていて……さっきからずっと血が止まらないんです』

 突然の大スターの登場に驚くパイロット達。

 中には興奮気味のものがいるようだが、この状況でサインや握手の約束を取り決めるわけにも行くはずが無い。
とにかくは、負傷者の容態を把握することが先決だ。
 
『……それはまずいな。出血はどのくらい?』

『かなりの量で、床が血だらけです。息も小さくて荒いし……早く病院に行って治療を受けないと、危険です……』

 言葉の隙間から聞こえる、液体が滴り落ちる音。会話の内容から血である事は間違いないであろう。
無線の後ろの方から必死に処置を施しているような物音も聞こえる。どうやら状況は芳しくないらしい。メイスは落ち着かせるように言った。

『病院とは、もう目と鼻の距離です。既に連絡は通してあります。我々の誘導に従って飛行を続けてください。大丈夫、きっと助かります』

『ええ、有難う……皆にも伝えます』

 それから数分もしない内に、生存者を乗せたヘリコプターは無事に着陸した。途端にヘリポートは慌しくなる。

 話の合った負傷者が運び込まれる様子を空から見守るパイロット達。それは同時に彼らの仕事の終わりを告げた。

『こちらスネークノーズ、任務完了だ。全機、帰投せよ』

『了解、全く大変な一日だった』

 機体を傾け、飛び立った場所へと戻る戦鳥。その影は夜空の中へと溶け込み、消えていった。

 姿は見えなくなれど、その息吹は奇跡の生還者達の耳にしっかりと届いていた。


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「僕達……本当に生きてるんだね」

「そうだよ。だってちゃんと聞こえるもん」

「なんでかな、こんなに大きい音なのに、五月蝿いって思わない」

「それは、僕らを助けてくれた音だから……じゃない?」

「うん――そうだね」

 悪夢から醒めた者達を祝福するかのような轟音。その音は、彼らの中で遠ざかることなく、響き続けていた。







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 報告書の中の1つの写真。それには、撃墜したヘリの残骸が写されている。

 その残骸に描かれていたマーク。


 殆どの部分が爆発時の熱で溶けてしまい、判別が不可能になっていたが、
奇跡的に残っていた箇所を拡大したものが政府に大きな動揺を生んだ。



 マークに描かれていたのは、猫の手。そしてその下に『CAT HAND.C』の文字。


 この事件の1週間後、事の全てを知った大統領は世間に公表しようとした矢先、官邸内で心臓発作により死亡。

その後の調査で大統領の使用していたカップにヒ素が含まれていたことが判明。しかし犯人は見つからず。


 大統領死亡の3日後、国の南西部にあるガルクオーランド空軍基地で原因不明の大規模な爆発事故が起こり、
基地内にいた全員が死亡した。

 その中には今回の事件との関連性のある者も含まれていたというが、真偽の程は全て謎に包まれている。

 結果、この事件は生還者の訴えも空しく闇に葬られた。その後、生還者は全員行方不明となっている。

 


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