生きる

第二章 「出木杉」

文矢さん

其の零

 「どういう意味かね? ガリベン君」

 山本がそう問いかけてくる。山本、今の内閣総理大臣だ。どういう意味も糞も無い。そうこいつに言ってやりたかったが、それだけは堪える。

ここでそんな事を言ったら、即クビになるだろう。今の時代、無職になったら間違いなく俺は死ぬ。

 俺は山本の顔を睨みつけながら、口を開く。耳をかっぽじって聞きやがれ。この総理大臣。心の中では罵声を吐いている。

「つまりです。今、G国とやっている戦争で降伏したらどうかという事です」

 元々、醜い山本の顔がさらに醜くなる。まるで狸みたいに感じた。いや、こいつの知能は狸以下な気もする。どうしてこんな無能な奴が

内閣総理大臣なんていう地位に付けたのが不思議なくらいだ。

「G国の配下になれというのかね? 君は」

 予想通りの言葉を山本が言う。俺が言っている「戦争降伏」という事をまるで間違っている意見だと決めつけているように。

G国との戦争をやっている事が今の状況での最善の判断だと思っているように。――最悪だ。

「しかしです。今、この戦争により国の人々が苦しんでおります。戦争さえやめれば、そういう人々も苦しまなくて済みます」

 「苦しんでおります」なんていう言い方をしたが、今の状況はそんな物ではない。東京が壊滅し、さらに他の地方都市も攻められた。

だからこそ今、内閣総理大臣とあろう者が苦労しているんだ。

 山本はアゴヒゲをさする。丸っきり、普通のじじいと変わらない。それで頭まで悪いと来たもんだ。童話の世界の馬鹿王子並の事しか

やっていない。

「ふざけるな!」

 山本が叫ぶ。何を言っているんだこの馬鹿は。何が「ふざけるな」だ。お前の方がふざけるな。お前は何がやりたいんだ。

「ここで降伏したら、ワシの……この国の生活はどうなるんだ!」

 筋が通っていない事を言う。馬鹿じゃないのか、こいつは。

「このままだと、国が勝ったとしても日本はボロボロですよ」

 山本は黙る。ほらな、俺がまともな意見を言うとこいつは何も反論できない。権力ばっかり振りかざしている馬鹿野郎だ。

「おっお前はワシの秘書だろ!」

 そうだよ。それがどうした。

 お前よりも俺の方が国を最善の方向へと導ける。だからこうやってお前に言っているんだ。黙れ。黙れ。黙れ。山本をもう一度、睨みつける。

「この資料を整理しとけ!」

 山本はそうやって何冊かの冊子を俺の目の前に置くと部屋から出て行った。こんな事をしているからこの国は最悪の方向へと

進んでいっているんだ。

 そんな事を思いながらも、冊子を棚へと入れていく。内容を少し見てみると今の戦争とは全く関係が無い海外貿易の文字が見えた。

何をやりたいんだ、こいつは。

 今日の山本の怒りは頂点に達していた。俺にそういう事を言われる前に何かむかつく事があったんだろう。単純な奴だ。

 とりあえず全部入れ終わると次は何をやればいいのか、山本に電話をする。携帯電話の番号を打ち込み、電話をする。

すると、怒った口調の山本の声が聞こえてきた。

「あの……次は何をすればいいでしょうか?」

『今日は帰っていいよ』

 少し乱暴な口調で山本がそう言った。俺は「分かりました」と言い、電話を切った。今日は珍しく早く帰る事が出来ると少し気分が明るくなる。

 部屋から出て行き、建物の中を歩いていく。何人かの人が通り過ぎて行った。国のお偉いさんとかがかなりこの建物の中を歩いている。

そして、建物から出る。

 ――いつも、俺はこの建物から出ると憂鬱になる。周りの風景が、最悪の風景だからだ。地獄の、風景だからだ。

 辺りにはコンクリートの欠片が転がり、人々の血が今でもこびり付いている。周りを見渡しても、その風景しか広がっていない。

俺が住んでいる場所も、この建物に近い方だと思うのに見えない。辺りに広がるのはコンクリート。地獄。地獄。

 そして、俺は呟く。

「あの糞総理大臣が」

 

其の壱

 今日も憂鬱な気分で建物に向かう。毎日通っているルートだから迷うことなんて無い。

いや、どんな人でもあの建物だと言われたら迷わないであろう程の単純なルートだ。

 俺が住んでいるマンションから出て、少し歩いていくと壊滅している所に出る。そしてその真ん中に聳え立っているのが俺の職場である建物だ。

東京壊滅後、急いで建てられた建物だから名前などついていない。

 コンクリートを踏む音が響く。人に踏まれまくってもうほとんど小石並にその破片に細かくなっていた。この感触が、何故か虚しく感じた。

 しばらく歩いていくとやっと建物が見える。冷静に見ると明らかに場違いな建物だ。わざわざこんな所に建てなくても良かったのに。そう思う。

そして俺は建物の中に入る。

 山本の部屋は建物の二階にある。山本の醜いあの顔が頭の中に浮かんできた。貫禄など全くと言っていいほど無いあの顔。憂鬱に

なってきた。あの糞総理大臣にまた会うんだ。

 ドアには総理大臣室と書かれたプレートが掛かっている。そのドアを入ると、山本の醜い顔が待っていた。偉そうに椅子に座り、

俺の方を見る。そして山本は口を開いた。

「やっと来たか。ガリベン君」

 何がやっと来たかだよ。お前みたいに毎日この部屋に泊まりこみで働いているんじゃないんだ。うざいんだよ、この山本が。

「今日のワシの予定は何だ?」

 うざいと思いながらも、ポケットからメモ帳を取り出す。山本の予定はこのメモ帳に全て書かれている。あんなクズの予定を知るなんて

かなり不本意だが。

「今日は午前十時から第一会議室で国の大臣達と会議がある以外、特に予定は入っていません」

 この会議以外に予定が入らないなんてどう考えてもおかしい。この国は総理大臣だけではなく、他の人々も腐り果てているらしい。

戦場で戦っている軍人達の気持ちはどうなる。こんなやる気の無い奴らの命令で戦っているなんて。

 山本は俺の言葉を聞くと時計を見た。時計は午前九時半を差している。もうそろそろ出て行かないといけない時間であろう。俺はメモ帳と

ペンなど必要そうな物を用意し、行く準備をする。

 だが、山本は何もしていない。何をやりたいんだ。こいつは。そろそろ出た方がいいだろ。口に出そうとするが、昨日の事もある為、

下手にはそういう事は言えない。そう思っている内に時間は過ぎて行く。

 午前九時五十分になってこの総理大臣はやっと準備をして部屋の外に出た。確かに、第一会議室はこの部屋から近いが会議の前に

資料などをまとめたりとかあるだろう。どうしてこいつは。

 第一会議室に着くとそこには大臣達が揃っていた。どいつもこいつもやる気の無さそうな顔をしている。いや、実際に全くやる気が

無いのであろう。

「それでは、今からG国との戦争についての会議を始めます」

 司会を務める奴がそう言うと会議が始まった。会議の論点は「G国との戦争をどうするか。」つまり、降伏するか続けるかである。

この会議ではそれぞれの秘書には発言権は与えられない。つまり、俺は全く発言が出来ないという事である。

 俺の方が何倍もこの国の為になることができるのに。俺の方がこの国を良い方向へと向けているのに。おかしい。どう考えても。

「戦争は続けるべきだ。ここで降伏したら日本は終わってしまう!」

 早速、山本がトンチンカンな事を言い出した。意味が分からない。日本が終わるのはお前らが戦争を続けるせいだろう。このまま戦争を

続けた方が日本は終わってしまう。だが、俺は喋れない。屈辱的だった。

「私も賛成」

 他の大臣共もその意見に賛成をする。異論を唱える者はいない。こんなんじゃ、会議ですらない。ガキの話し合いにも劣る。

俺はギュッと拳を握り締めた。

 

 ――その後、会議はグダグダのまま終わった。最悪だ。戦争は続ける。ふざけるなと言いたい結論だった。今の戦況がどうなっているのか

もろくに把握しないで。何なんだ、こいつら。

 第一会議室から帰る途中、俺はずっと一つの言葉を思い浮かべていた。「この国は腐っている」もう、この国の上層部には価値などない。

ただ、腐っているだけだ。

 そう、腐っている……

 

其の弐

 やるしかない。そう、俺が。これをやらないとこの国は終わってしまう。俺がこれをやれば、この国は間違いなく良い方向へと進む。

そう考えて、俺は決断した。もう戻れない。

 「これ」とは何か。簡単な結論に達する。……クーデターだ。

 クーデターは成功さえすれば、かなり使える手段だ。飛鳥時代の大化の改新でも、クーデターが切欠となっている。つまりあの山本とかを

倒してしまえば、大化の改新後の中大兄の様に改革を進められるという事だ。

 俺は今、建物の中にいる。今日は泊り込むと言っているのだ。山本や大臣などは珍しく家に帰っている。つまり、邪魔なあいつらは

いないのだ。

 あのクズ共はここにはいない。

 階段を上っていき、第一会議室の前に行く。昼間にあの糞大臣達が話し合っていた部屋。そこで今度は俺が正しい事を計画しようと

しているのだ。夜の方がよっぽど良い使い方だ。

 第一会議室の扉を開くと、そこには三人程、座っていた。全員、見知っている顔だ。俺がこの話し合いの為に読んだ信頼できる奴らだ。

あの大臣達よりも有能なのに、俺と同じように大臣達よりも地位が下な奴らばかりだ。

「ガリベン、何を話し合うんだ?」

 一番端の席にいる男、金本がそう言った。金本は通信部の職員で、毎日国に対する通信などを整理したり受け取ったりしている。

不真面目そうな金髪にピアスという不良みたいな格好をしている。だが、前話した時に分かったのだが俺と同じような意見を持っている。

 俺は議長が座る席に座ると、金本のその質問に答えた。

「クーデターについて話し合おうと思う」

 部屋の中にいる奴、全員が驚いた顔をした。言葉を失い、目を見開きながら俺の方を見ている。本当かよと言いたそうな顔だった。

金本は少し経つと、口を開いた。

「面白そうじゃねぇか、なぁ!」

 金本の声が部屋に響く。俺はその金本を見て少し笑い、他の奴らも納得したような顔になった。金本は完全に「クーデター」を起こす事に

納得したようだ。これでいい。そう、これで。

 部屋の中にいる奴らの顔を見回す。一番端に座っている金本。その右側に座っているのは黒中だ。黒中は外務大臣の秘書である。

かなり真面目な奴で、仕事を完璧にこなす奴だ。次は北条。北条も金本と同じく通信部の奴だが金本とは違いかなり無口だ。

それぞれ、信頼できる奴らだ。

「そのクーデターの具体策はあるのか?」

 黒中が質問をしてきた。黒中の性格を考えると、具体策をここで言わないと参加してこないであろう。

俺は昼間に考えたクーデターの策を説明する。

「明日、予定では午後三時からここで会議が開かれる。黒中と俺はその会議の為に第一会議室に入れる。狙いはその時だ。山本を、殺す」

 会議の時間は午後三時から午後四時半までだ。まぁ、どうせ今日の昼間と同じような

「それなら、俺と北条はどうすりゃいいんだ?」

 金本が文句を垂れた。金本の性格からすると文句を言ってくるのは想像できている。俺はメモ帳を取り出し、奴らのやるべき仕事を

言い始めた。

「金本と北条は午後三時四十五分から十分間、休憩が入る予定になっている。その時、お前らは第一会議室前で大臣共が

逃げ出すのを防いでくれ。つまり、計画を実行するのは午後三時四十五分から午後三時五十分の間ぐらいだ」

 金本はそれを聞くと納得したらしく、喋るのをやめた。よし、予定通りだ。これで金本が納得しなかったらとんでもない事になる。

「次に、使う武器を説明する。使うのはこれ、「G‐435」だ」
 俺は持っていた袋の中から四丁の銃を取り出した。「G‐435」は殺傷能力に長けている銃だ。だが、弾が三発しか入らないので一般的

には使われていない。その為に、値段が安くなっている。そこに目を付けて俺が買っておいたのだ。

「これで山本を撃つ……のか」

 黒中が「G‐435」を手に取った。少し不安げな顔をしている。多分、銃を撃った事がないのであろう。俺は一度、兵隊実習で

撃った事がある。金本は別に不安には見えなく、北条も特にビビっていなかった。

「それじゃ、一人一丁ずつ持ってけ。弾は入っている」

 三人は、それぞれ銃を手に取っていった。俺はそれを見ると、残りの一丁を袋の中に入れた。

「計画は覚えたか?」

 俺のその声が第一会議室に響いた。三人の視線が俺の方に向き、三人ほぼ同時で頷いた。まぁ、かなり簡単な計画だから

覚えるのには動作ないだろう

 

「それでは明日! この国を変えるぞ!」

「オゥ!」

 第一会議室にその声が響いた――

 

其の参

 朝が来た。建物の窓から爽やかな光が差し込む。だが、その光もあまり嬉しいものには思えなかった。

まるで、俺達の計画を見透かされているようで。だが、やるしかない。あの糞総理大臣を殺すんだ。

 今、俺がいるのは建物に設けられている泊り込みの職員が寝る為の部屋である。かなり殺風景な所でベッドが六つと、時計が壁に

かけてあるだけである。テレビもないのでそれぞれの戦況などもここでは分からない。

 俺はいつもの服に着替え、部屋を出て行った。金本と北条はまだベッドの中で熟睡していた。のん気な奴だ。俺なんて緊張して

ほとんど眠る事が出来なかったのに。

 部屋の外にはテレビが設置されている。黒中がニュースを見ているらしく、テレビの画面に何やら映し出されていた。俺は

そのニュースを見ようと、テレビに近づいた。

「……え?」

 信じられないニュースが、放送されていた。アナウンサーがただ淡々とその事実を言うだけのニュースなのに。信じたく、なかった。

『G国に攻め込んでいた日本軍ですが十八日の未明、東端に攻め込んでいた軍の基地がG国により攻撃されていた事が分かりました。

まだ詳しい情報は入っていませんが、全滅に近い状況になった事は確認されています』

 東端に攻め込んでいた軍といえば、一番この戦争で成果を挙げていた軍だ。そいつらが全滅という事は、優秀な人材が失われたという事だ。

あの糞総理大臣が戦争なんかを続けるせいで――

 自然に顔が下に向いた。黒中も、顔を下に向けているのが感じとれた。いつもはこんなニュースは気にしないのに、

こんな風にしてしまうのは多分、俺達がやろうとしている計画と何かが重なっているからであろう。

「やるしか……ないな」

「ああ」

 黒中が呟いたその言葉に、俺は静かに相槌を打った。もう、誰も戦争で死なせない為に。もう、誰も戦争で苦しまないように。

あの糞大臣共を、ぶっ殺す。

 それしか、やる事はない――

 

 時間が流れていくのがとても早く感じた。心臓は、朝からずっと鼓動が聞こえていた。これが、クーデターを起こす前の感覚なので

あろうか。それとも、ただ旦に緊張しているだけなのであろうか。

 どちらなのか、判断もつかなかった。ただ、俺の体がそんな風になっているだけ。それだけは、現実だった。

「ガリベン君、どうかしたか?」

 山本の気持ちが悪い顔が見えた。こんな奴に同情される筋合いはない。そう思うと、緊張が消えていった。こいつを、殺すんだ。

こいつが死んで何がマイナスになる。必ず、プラスの方向へと進むはずだ。

 適当に山本のその質問に対して答え、俺は引き出しを開いた。そこには「G‐435」をしまっている。この銃で、あいつを撃つんだ。

この引き金を思いっきり引いてあいつを。あいつを。あいつを。

「ん、そろそろ会議の時間か」

「ええ」

 時計の針は、午後二時四十五分を差していた。とうとう、会議の時間がやって来た。この一時間後、クーデターを起こす。

俺は銃とメモ帳などの道具を袋の中に入れ、部屋から出て行った。

 第一会議室までの道が異常に長く思えた。まるで、万里の長城を歩いているかの様に。まるで、永遠に続く道を歩いているかの様に。

心臓の鼓動がしだいに大きくなる。

 第一会議室の扉が、開かれた。中には大臣達がもう揃っている。もちろん、外務大臣の隣には黒中が座っていた。俺と黒中は

目を合わせた。黒中は、かなり落ち着いているように見えた。

「それでは、今から会議を始める。G国との戦争についての会議だ」

 議長のその言葉から、会議は始まった。時間は、午後三時ピッタリ。後、四十五分。俺の頬を、静かに汗が伝った。心臓の鼓動が

しだいに大きくなっていく――

 あのクズ達の意見も気にならなかった。そいつらの意見も、何も感じずただ淡々とメモをする事が出来た。腕時計を見る。今日の朝、

テレビで合わせたばかりだから、狂っているわけはない。時計の針は午後三時二十分を差している。

 黒中の様子を見る。黒中は、かなり汗をかいていた。冷静なあいつでも、動揺するらしい。まぁ、誰だってこの状況なら慌てるであろう。

慌てない奴がいたとしたら、そいつは生きていない。

 会議は「戦争をやめない」方向へと進んで行っていた。いつもなら激しい怒りを感じるが、俺はいつもとは違う感情を持っていた。

ここでこいつらを殺すのだから、この会議がどんな方向に進もうと関係ないと思っていた。

 時計の針は、午後三時四十分を差した。金本と北条には第一会議室のドアをノックするように言っている。それが、クーデターの合図だ。

まだ、ノックはない。

 一秒。二秒。三秒。時計の針はいつも通り回っている筈なのに、異常に時が流れるのが遅く感じられた。

体中から汗が噴出していく。山本は俺が何をしようとしているのかも気づかずに、会議を進めていた。

 そして、俺の耳にドアをノックする音が聞こえた。金本と北条が、やって来た。とうとう、クーデターの始まりだ――

 二つの銃声。体に伝わる振動。そして、会議室に飛び散る。血。血。血。血。血。血。血。

「ぐああああああ!」

 山本の悲鳴が会議室に響いた……

 

其の四

 時が止まったように感じた。頬には血の温もりがあった。さっきまで、そいつの血管を流れていたであろう血が。

気づけば、服や銃、俺が血まみれになっていた。会議室の壁にも、赤い血がこびり付いている。映画のワンシーンみたいな光景と

例えればピッタリだろう。

 そして、目の前を見る。そこに倒れていたのは死んでしまえと思っていたあいつだった。首に一発、胸に一発と撃たれていた。

俺と黒中が撃ったのだ。どちらが俺なのかも分からない。だが、一つだけ確実に言える事があった。山本を、俺達は殺した。

 呆気なかった。あそこまで消えてほしかった山本が、死んだのに。俺達がクーデターの計画を立て、山本を殺したのに。

中大兄皇子もこんな気持ちだったんだろう。虚しさが心に広がる。

「うわああああああ!」

 外務大臣が席から叫びながら立ち上がった。沈黙は突き破られ、一気に騒がしくなる。全ての大臣が外へと逃げ出そうとしていた。

醜い。まさに豚がエサに群がるようだ。

 黒中が無言で引き金を引いた。何も感じなかったがように。黒中は人を殺したりする事なんて初めての筈だ。何でこんな風に

落ち着いているのであろう。これが通常の反応なのか――?

 ドアに群がる中で一番後ろにいた文部科学大臣を貫通した。その前にいた外務大臣も銃弾が突き刺さり、倒れる。また血が

飛び散った。黒中が放った銃弾は、丁度、首に当たったのだ。文部科学大臣は、何も考えずに死ぬ事が出来たであろう。

外務大臣は文部科学大臣よりも背が低い為、後頭部に銃弾が突き刺さっていた。

 そして、第一会議室の中がまた静まりかえった。大臣達の足は、惨めに震えていた。目から発せられているのは「助けてくれ」

という怯えたメッセージ。

 お前らがこの会議で戦争を続けたが為に、何人死んだと思っているんだ。何でお前らだけ生き続けようとする。どうして。どうして。

体が怒りで熱くなった。

「うおおおおお!」

 俺は、また引き金を引いた。一人の大臣の腹に突き刺さった。その大臣は悲鳴を上げ、腹を抱えて倒れた。今度は外さないように

その大臣の頭を狙う。そして、その大臣の頭に銃弾が突き刺さった。会議室は、もう赤一色だった。

 銃声の数から金本と北条が状況を察したらしく、部屋の中に入ってきた。あいつらの銃はまだ弾丸が三発も残っている。金本は

何故か目が活き活きしていた。この職務に就いて楽しそうなのはこれが初めてだからであろうか。

 黒中が最後の弾丸を放つ。黒中の弾丸はピッタリ大臣の心臓に突き刺さった。これで殺したのは山本を含めて五人。

後、二人だ。金本に俺は目で合図した。

 金本はそれを感じ取り、引き金を引いた。だが、大臣の頬を掠っただけで外れた。金本は掛け声を上げながらもう一度、引き金を引く。

今度は銃弾は頭に突き刺さった。

 金本が最後の大臣に向いた瞬間だった。北条が雄叫びを上げながら引き金を引いた。最後の大臣の太ももに突き刺さった。

金本も最後の大臣を狙って撃つ。今度は横っ腹。最後の大臣は悲鳴を上げながら床を転がっている。醜い。醜い。醜い。

 北条がもう一度、引き金を引いた。だが、掠りもせず第一会議室の机に当たった。残りの弾は、後一発。これを外したらもう銃は

撃てない。俺が北条から「G‐435」を北条から取ろうとした瞬間だった――

 最後の大臣の、悲鳴が響いた。北条の最後の銃弾は大臣の眉間に突き刺さったのだ。これで、クーデターは終わりだ。

全ての大臣を、殺せた。

 第一会議室は、赤く赤く染まっていた……。

 

其の五

 第一会議室の中は、嫌に成る程赤く。そして、俺達は血まみれになっていた。自分自身は傷ついていない。

あいつらを殺した時、血が飛び散ったのだ。

 俺は二人、殺した。二人の命を絶った。二人の運命を絶った。中大兄皇子と同じ事をやったんだ。クーデターだ。俺は悪くない。

国を良くする為に、あいつらを殺ったんだ。そうやって、俺は俺自身の気持ちを説得させていた。

 他の奴らも、一切喋らなかった。多分、俺と同じように自分の気持ちを落ち着かせようとしているのであろう。俺達の片手に

握られている「G‐435」は血が付いている以外、計画前と同じ輝きを放っていた。

 時計の針は、午後四時を差していた。計画実行から、もう十五分も経過していた。時間が流れていくのが早く感じた。心臓は、

あいつらを殺した時と同じリズムを奏でている。

「なぁ、これからどうするんだ……?」

 金本のその言葉がこの沈黙を破った。金本のその声は、少し震えていたように感じる。いつもはあんなに強気な金本が。

北条なんかは喋る事すらもできないかもしれない。

 これからどうするか。計画は立てていた。俺の家には日本側からG国へと渡す「停戦条約」の書類がある。形式通りに書いてある。

これをG国に渡してG国側が納得さえすれば戦争は終わりだ。

 とりあえず、G国の方が少し有利な条約にしてある。だが、この位じゃないとG国は停戦などには納得しないであろう。

敗戦ではないので日本にも良い。

「停戦条約を書いた紙は作ってある。俺が総理大臣になろう」

 俺は思っている事を全て言った。黒中とかならいい意見を出すかもしれないと思ってだ。声はもちろん震えている。

心の中は大分、落ち着いていても体はまだ落ち着いていないようだ。

「許さない奴がいるだろ。山本信者とか」

 黒中が呟くように言った。やけに冷静だが、いつもの黒中とは違い言葉がおかしいようにも感じる。殺す時は冷静だったあいつも

殺した後はあまり落ち着けないようだった。

 確かに、山本信者はいる。あんな糞総理の何処がいいのか分からないが、「戦争を続けるべきだ!」と言う野郎がこの建物の中にいる。

俺はいつもそんな奴は無視しているが。

「別にそれは問題じゃない。どんな政権だって少しは反対側がいるだろ」

 俺はそう答えた。黒中はそれを言われると黙った。俺のこの意見に納得をしたらしい。金本と北条も特に何も言わなかった。

体もやっと落ち着いてきたらしく足の震えが無くなった。

「それじゃ……金本と北条はこの事と総理大臣が俺になるという事を言ってくれ」

 戦争中では、正式な手続きをして総理大臣になるなんてめんどくさい事はやらなくてもいいであろう。他の所にその事を言えば大丈夫だ。

 金本と北条は言われた通り、第一会議室から出て行った。通信部の奴らは山本反対派の奴が多かった。それならこの事にもすぐ賛成し、

他の国の奴らに言ってくれるであろう。

 これで、クーデターは終わりだ。明日、家から条約書を持って来てG国へ行こう。俺が行って直接渡した方が信憑性が増す。

アポは取らないでいいであろう。アポを取ろうとした方が逆に警戒されてしまう。そうなったら面倒だ。

 そして、俺は黒中に話しかけた。

「終わったな」

「……ああ」

 

其の六

 出木杉英才―― 俺が負けた、天才の名前。俺が越せなかった同級生の名前。何故か、この時にその名前が浮かんできた。

ほとんどあいつには関係ないのに。

 小学生の頃からあいつには勝てていなかった。それをねたんで、毎晩いたずら電話もした。あいつの成績を下げて、

俺が一番になろうとして。だが、それも結局失敗した。出木杉と野比、そしてドラえもんとかいうあの青いロボットによって暴かれたんだ。

 あれから、俺は「努力して勝とう」と思って一生懸命勉強した。セコイ手を使っても駄目だという事が分かったからだ。だが、

あいつには勝てなかった。あいつは特に頑張っていたわけでもないのに。あいつに、勝てなかったんだ。

 中学も、受験合格を蹴ってあいつと同じ中学に入った。あいつを越す為。あいつを越して、俺が天才と呼ばれる為。勉強、

勉強の毎日を続けていた。だが、それでも勝てなかった。

 そして、そして――

「ガリベン、ガリベン!」
 その時、金本の声が聞こえてきた。周りを見回す。建物の中。そうだ、今日G国に行って停戦条約を制定させるんだ。少しボーッとしていた。

「ちゃんとその停戦条約というの持ってきたんだろうな」
 昨日、大臣達をぶっ殺したのにこいつは一日で何もかもが普通に戻ったらしい。神経がかなり太い奴だ。北条と黒中は昨日の

ダメージがあるらしく、今日会ってもほとんど喋らなかった。俺は、大分普通へと戻っていた。

「ちゃんとあるよ。この箱の中に入っている」

 俺は持っている袋の中から、箱を取り出した。高級な箱に入れてある。これを見せれば、G国も本気だという事が分かるであろう。

金本はそれを俺から奪うように取り、それを眺める。

 今日は、クーデターをした四人でヘリで行く事になっている。二台、ヘリが建物に設置されているのだ。俺と金本が片方、黒中と北条が

もう片方に乗る事になっている。

「準備ができました」

 通信部の部長の声が聞こえた。金本は「来たか」と呟き、立ち上がる。俺も立ち上がって、ヘリポートへと歩いて行った。

このヘリに乗ってG国に着けば戦争は終わる。多くの人を殺してきた、この戦争が……。

 ヘリコプターの中に乗り込んだ。前の運転席にはもう運転手が乗っている。その時、その運転手が何処かで見た事があるような気がした。

運転手がこちらの方を向く。

「はる夫……」

 そう、はる夫だ。小学校の頃、同じクラスだったあいつ。小太りでいつも安雄とつるんでいた、あいつ。はる夫は俺を見ると何も

しゃべらずに、前を向いた。無愛想だ。

 小学校の頃はもっといい奴だったような気がするのだが―― 走思っている内に、ヘリコプターが動き始めた。

上のプロペラが回る音がし段々、宙へと浮いていくのだ。

 G国へと、旅立っていくのだ。停戦の為。平和の為。何か感慨深くなった。これを成し遂げれば俺は歴史に名を残すであろう。

いや、クーデターを起こしたとしてもう歴史に名は残る。出木杉には出来なかったことだ。それを、俺が。成し遂げたのだ。

 出木杉、俺はお前を越したぞ――

 

其の七

 出木杉は、もうこの世にいない。高校生の時、死んだ。あいつを越す為、出木杉が入った開成高校に俺も当然のように入った。

そして、その入学式が終わり帰る途中だったらしい。

 家へ帰る道の途中で、車に轢かれたのだ。出木杉には非は無く、悪いのは酔っ払い運転をしていた相手の方だった。だが、

それで出木杉は、死んだ。俺が出木杉を越す前に。死にやがった。あっけなく。嘘みたいに。

 それからずっと、俺はエリートコースを進んだ。東大に入り、政治家になり、そして総理大臣秘書になるという。だが、それだけやっても

あいつを越したとは実感できなかった。

 だが、今なら俺はあいつを越せたように思えた。国を変える為、クーデターをやったんだ。あいつにこんな事は出来ない。

あいつには、そんな度胸はない。超えられた。今、出木杉を。

 俺の名前は歴史に名が残るであろう。しかも成功したんだから名誉に残る。後鳥羽上皇や石田三成などではなく、中大兄皇子と同じ様に。

国に貢献したクーデターの主犯者として。素晴らしい。

 その時、ヘリコプターの中で大きな音が響いた。そして、俺の頬に生温かい何かがくっ付いた。恐る恐る、前を向いた。そこには、

銃を俺達に向けているはる夫の姿があった。

 俺は金本を見る。金本は頭を撃ち抜かれ、死んでいた。ヘリコプターが血だらけになっている。体が震えた。死の恐怖が、

俺へと迫ってきているように感じた。

「次はお前だ、ガリベン」

 はる夫は、銃口を俺へと向けた。説得しようとしたが、声は出なかった。体中が震えていた。死にたくない。死にたくない。

死にたくない。死にたくない。

 その俺の姿は、あの時の大臣と同じような感じだったかもしれない。体を動かして、抵抗もできない状態。ただ、ただ怖い。

頭の中に浮かぶ単語は「死にたくない」「生きたい」の二つだけ。

「山本万歳!」

 頭に、激痛が走った。段々、眼の前の光景が薄くなっていくように思えた。いや、眼が閉じられていっているんだろう。そして、

体中の力が抜けていく。

 そして、走馬灯が走る。お母さん。お父さん。おじいちゃん。おばあちゃん。皆、優しかった。俺を愛してくれた。ありがとう。

幼稚園の頃の先生。幼稚園の頃の友達。小学校の先生。のび太。ジャイアン。スネ夫。安雄。幾つもの顔が浮かんだ。そして、出木杉――

 どうやら、俺は後鳥羽上皇になってしまったらしい。

 

 

なんか狂四郎みたいなお話
こういうの好きですよ〜
あの人の作品だとセックスだとか汚さとか感情の表現がありますが、
この作品はどうなるんでしょうか?
至極、楽しみです

抹消さん

20点


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