第十章「幸運」
(記:じおす)
「寒いな」
「そう?ここは北国。当たり前よ」
ここは刑務所。しかし、ただの刑務所ではない。
『能力』を持つ人材だけが集められた収容所なのだから。
「それより、もう全員捕まったのか?」
「さあ。私には分からないわ。私は気候しか知らないし……」
「何だよ、畜生。早く全員捕まらねぇと、俺は熱中症で死んじまうぞ」
「大袈裟ね。少し静かにしてくれる?」
天野照子は、所持を許されたスカーフをなにやらいじっていた。
ジェルミーは、天野の行動に不審を覚えた。
「さっきから何やってんだよ?」
天野は、ジェルミーに背を向けながら、静かに言った。
「瞑想。精神を落ち着かせてるの。貴方もどう?」
ジェルミーは、天野の態度に苛立ちを覚えた。
「チッ。天気さんよぉ、アンタ尼さんみたいな事言うねぇ。
アンタ、マジで人殺したのか?」
「……」
ジェルミーは、さすがにマズイな、と思った。
急いで、話題を変えた。
「……気候……つまり、天気も操れるとか言ってたな……。
じゃぁ、今すぐ雨でも降らしてくれよ」
「……」
ジェルミーは、自分が大草原に取り残され、周囲にはオオカミが
迫り来る感じに錯覚した。
どうして、俺だけこんな思いを?
ジェルミーは、既に怒りと苛立ちが混ざり、怒号を上げようとし――、
『ザー……』
「雨……?」
とっさに、ジェルミーは天野を見た。
天野は、笑っていたわけではなかったが、悲しそうでも無かった。
ジェルミーは、初めて人が願いを聞き届けてくれた事を、嬉しく思った。
自分が、本当の人間ではないかとさえ、この時は思った。
天野は、相変わらず瞑想を続けていた。
雨は、しばらくやみそうにもなかった。